新冶の首輪は起爆することなく、彼は凪のほうへと向かってくる。どうやら焦点が定まらずに起爆させようとしたため、新冶の首輪が上手く電波を受信できなかったようだった。
凪が首輪を起爆させるよりも早く、新冶は凪へ迫ってきていた。
「――!」
間一髪のところで右に体をそらした凪は、新冶の一撃をくらうことなく済んだ。だが、左腕に何かがかすめたのを感じたのは気のせいだったのだろうか、そう思い、左腕を見る。
すると、1本の赤い線が、白い肌の上に引かれていた。
瞬間、切られたと認識したことと腕を動かしたことによって空気が傷口に触れたことによって痛みが走る。傷の先端に小さな血の玉ができ、それが割れて、細い血の道筋が出来る。
だが、そんな傷に気を取られている場合ではなかった。
「どうした? 腕切れたか? 残念だなぁ……俺はその心臓を狙ったはずなのによけちゃうから……」
にやりと笑う新冶には、正常な人間の雰囲気が失われている。
「っ……」
左腕から血が滴り落ちる。だが、そんなものは気に留めず、なおも使命を忘れることなく起爆装置だけは握り締めていた。
「なあ根草……、お前は人殺して来たのか? お前みたいなヤツに殺されたら悲しいよなぁ……だから……俺が、お前に殺されたヤツらの復讐してやるよ……!」
狂ったように意味不明な言動を続ける新冶。どうやら、すでに正常な精神は失われたようだ。
これは、凪にとって好都合だった。
新冶がすでに狂っているのならば、凪の動き一つ一つを細かく見れる思考能力はない。そのため、凪が不意打ちをして首輪を起爆させれば勝てる、そう思った。
次は、腕だけではすまない。次は、殺されるかもしれない。死にたくない、凪はそう思った。
俯いている新冶に、凪は言う。
「斉橋……!」
「あぁ?」
俯いた体制を戻しながら、妙な返事を返す新冶。凪の策略には気づいていない様子だ。
――瞬間、凪は起爆装置のボタンを新冶の首輪に向けて、それを力強く押した。
「死ね、狂人が」
凪の口から出たとは思えない、これから死に向かう人間に対する哀れみをまったく含まない――むしろそれを喜ばしく思っているような――そんな口調で、新冶に対する最後の言葉を放った。
ピッ、と新冶の首輪が音を立てる。
「……!? 根草……テメェ何したんだよっ!?」
突然のことに、新冶はうろたえる。
「……わからない? 首輪、起爆したんだけど」
いままでの凪からは想像できないような口調。凪自身ですら自分がおかしいことに気づいているが、それを止められない。
「テメェ! 殺してやる!」
凪に首輪を起爆したことを告げられた新冶は、最後の抵抗といわんばかりに再び敵意を凪に向けてきた。
「……勝手に……すれば?」
そう言って、閉じているのではないかと錯覚させるほどに目を細める。
起爆の音は、どんどん間隔を狭め、まるで新冶の命をつかもうと追いかける死神がどんどん追う速度を上げているかのようだ。
「死ねえええええええええええええ!」
声を張り上げ、凪に向かってナイフを掲げる。
「……!?」
音が一定にならない。爆発の前兆が、まだ訪れない。
最後の抵抗として、新冶が死神に命をつかまれる前に、新冶は凪の命をもぎ取ろうとしていた。
「あああああっ!」
声を上げ、渾身の力で凪に向かってナイフを振り下ろした。
「――!」
悲鳴を上げようとしたが、恐怖で声にならない。勝利を確信していた凪にとって、完全な不覚だった。
避けようとしたが足に力が入らず、後ろにしりもちをつく。同時に、ナイフは凪の腕、足をかすめ、獲物を刺し損ねたナイフは力を持て余して地面へと激突した。
凪のすぐ先に、ナイフとともに倒れこんだ新冶の姿がある。
立ち止まった新冶に、死神はいとも簡単に追いついた。
ピ――、と、首輪から発せられていた音は間隔を無くし、一定の音を立てる。死神が首をかる準備が整う。
「……私の……勝ち、よ」
恐怖にまみれ、震えた声で凪は言った。瞬間、凪の目の前で新冶の首は吹き飛んだ。
頭を失った体は倒れこみ、倒れた衝撃で血に混じって得体の知れない中身がこぼれだす。そして、吹っ飛んだ頭は凪のすぐ近くまで転がってきた。空ろな目をした新冶と目が合う。
「……っ」
一瞬、胃がひっくり返るような感覚に襲われたが、ほとんど何も食べていない凪は吐き出すものが無い。嘔吐感だけが延々と続く。
「――……!」
涙目になりながら、床を這い蹲るように嘔吐感から逃げようとする。だが、地面に顔が近づくほど余計に血だまりが目に入り、ますます胃は激しくゆさぶられる。
「――っは……」
肩で息をするような状態でどうにか立ち上がる。嘔吐感に慣れたせいか、もう新冶の酷い姿を見ても胃がひっくり返ることは無い。
「……」
立ち上がった凪は、一度新冶に目を落とし、次に切られた腕、足を見る。
足の傷は思ったよりも大きく深く刺されており、血がとめどなくあふれだしている。流れた血は靴下、靴を濡らし、真っ赤な染みが出来ている。腕の傷は最初に刺された少し下を刺されており、最初の傷で痛みが麻痺しているためあまり感覚が無い。
あんな強気な発言をしていても、凪は最初から最後まで新冶という存在を恐れていた。
襲われたのが初めてだからか、相手が男子だったからかは分からない。だが、この場を経験したことでようやく理解した。死ぬということはこういうことだ。
……自分が死ぬ時はどんな感覚なのだろう。
人が死ぬ場面はプログラム開始以来何度も見てきた。だが、自分が死ぬ場面――自殺ではなく人に殺される場面――は、一生に一度しか見ることの出来ない、経験することの出来ないことであり、未知の体験になる。だからこそ、人は死を恐れるのだろう。
凪は思った、彩音に逆らって沙智たちを守ることなど、自分には出来ないと。
凪は思った、沙智たちが死ぬのと、自分が死ぬのでは、自分の中での“重さ”は格段に違うものだと。
やはり凪には、沙智たちを守ることなど出来ないのだ。自分が死ぬことこそ最大の恐怖。それを回避するには、沙智たちを殺すしかない。
「……ごめん、みんな。やっぱり私は――自分が、大事なの……」
凪はそうつぶやくと、もう新冶には目もくれずに荷物を持って歩き始めた。
【男子5番 斉橋 新冶 死亡】
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