lost 01 地獄への招待状 2

桜木中を出発してからだいぶ経った。だが、目的地の新潟まではまだ1時間以上ある。
沙智の友人3 人は緊張して眠れなかったのか、バスの背もたれに体を預け、早くも気持ち良さそうに寝息を立てている。
話し相手がいなくなり、暇になった沙智は辺りを見回した。
隣の男子の列の前方では、トランプ遊びで盛り上がっている野坂克己(男子10番)や渡瀬光一(男子22番)らのグループが目立つ。隣の人のカードを順番に抜いているところからばば抜きか何かをしていることが分かった。
野坂たちのグループから少し後ろの座席――その席からぽっこりと頭を突き出し、そこから1mmたりとも動かない男子――宇佐美桐人(男子2番)はどうやら出発してから今に至るまでずっとゲームをやっているようだ。彼はクラス1のゲームマニアで、最先端のゲームを片っ端から集め毎日ゲームに没頭しているらしい。この大東亜共和国が作り出すゲームのレベルは知れているが、なぜ彼がこんな腐った国のゲームにはまるのか、それは謎だ。ゲームへの集中力は莫大なものにもかかわらず、勉強への集中力が欠片もない彼は成績がクラス最下位ですでに桐人が入れる高校は無いという噂だ。
桐人の席から1つ後ろに学級委員長の阿刀田仁(男子1番)が座っている。彼は先ほどの桐人とは正反対でクラス1の成績優秀者だ。彼の学力ならばテストを受けずとも志望校合格は確実。それにもかかわらずバスの中では参考書を読み、静かにすごしている。彼はこの行事を塾の合宿か何かと間違えているのかもしれない。小さい頃から塾などに通って勉強に追われていた沙智より頭がいいのも、今の彼の様子ならうなずける。
沙智の座席の前――愛川利奈(女子1番)と日島柊(女子12番)の方からは2人の共通の趣味であるアイドル話をしているのが聞こえる。内容からして最近人気の「B-STEP」とか言う男3人組のアイドルらしいが、沙智はアイドルをよく知らないので彼女たちの話す内容は相変わらずさっぱりだ。
その席からだいぶ離れ、中間地点に座っているのが横山遥(女子25番)と桃井凛(女子21番)の2人だ。
小さい頃から仲が良かったらしい2人は、今でもまるで双子のように仲がいい。
得意、不得意なことがまるで正反対で、遥は運動が得意な活発な女の子で男子とも気軽に話している。一方、凛は運動音痴であり、勉強――特に家庭科が得意で、料理から家事までこなしてしまうとても女の子らしい子だ。
バスの中は楽しげな雰囲気に包まれている。沙智同様クラスメートもこの行事を楽しみにしていたのだろう。みんなと同じ気持ちなのが沙智には嬉しかった。
「おい、冬也、見てみろよ。宮原の周辺の女子、み―んな寝ちまってるぜ」
物思いにふけていたせいか、突然の声に沙智は少し驚いた。声のほうに意識を移すと、女子に人気のあると噂の針城真也(男子11番)が沙智のほうを指差しながら隣に座っている二ノ宮冬也(男子9番)に話しかけている。
「お、おい、やめろよ真也。宮原こっち見てるぜ?」
冬也は真也が指差した方向を見てそう言った。真也が沙智のほうへ頭を向ける。
「え? あ、マジだ。ずっと冬也のほう見てたから気がつかなかった。それより宮原、お前何でず―っと俺のほう見てんの?」
気がつけば沙智は真也のほうをずっと凝視している。多分無意識に体が働いたのだろう。何で、と聞かれて正直には言えない理由だが、答えは決まっている。真也は沙智の思い人だからだ。
沙智が真也のことを好きだというのは自他共に認めることだが、真也は他学年、他校にまで人気がある。そのため、自分が思いを告げたところで断られるのは目に見えている。
第一、沙智は大企業の1人娘だ。将来の結婚相手は両親が勝手に決めてしまうことだろう。クラスメートは知らないが、沙智は中学生にしてすでに人生で歩む道が決定しているのだ。
それに、沙智は真也との今の関係を壊そうとは思っていない。だからこそ、これからも今までどおり友達関係のつもりだ。
真也の言葉に少し戸惑ったが、沙智はどうにか言葉を見つける。
「別に真也君見てるわけじゃないよ。ただ真也君が私を見てるからなんだろうな―って思って……」
「何だよ。てっきり俺に惚れちゃってたのかと思ったぜ」
真也のその一言に自分の気持ちを知られたような感じがして、沙智の心臓は一瞬大きく跳ね上がった。だが、すぐに冷静を装って対応する。
「惚れるわけないって。私、中学卒業したら親に婚約者連れてこられるもん。好きな人つくったって絶対親に反対されちゃうから」
沙智は苦笑する。
「あ―……宮原って忘れがちだけどあの“宮原グループ”の娘だもんな。でもさ、俺のイメ―ジしてた“お嬢様”ってやつはもっと物静かでいつでもわけわかんねぇ本読んでる近寄りがたいタイプだったんだけど、宮原って普通に接せるし、お嬢様ぶってないよな」
人にそんなことを言われたのは初めてだった。沙智はお金持ち同士のパ―ティにも行ったことあるが、堅苦しいのは苦手なので正直あんまり楽しくなかった。むしろ、見かけだけが凄いパ―ティなんかよりも友達と過ごせる今日の修学旅行のほうが楽しみに思っているくらいだ。
周りから普通に見えていることを知れた真也の言葉は沙智にとって何よりも嬉しかった。
「あ……ありがとう、真也君」
「なんでそこでお礼いうんだ? 普通なら怒るだろ。俺、お嬢様に“お嬢様らしくない”って言ったんだぜ?」
真也の意見はもっともだった。だが、沙智は別に自分がお嬢様だとはこれっぽっちも思っていないので怒る理由はない。
「……いいの。ありがと」
「変なヤツだな―……うわっ……!」
真也が奇妙な声を上げたので、沙智は向き直った頭を再び真也のほうへ向ける。
そこには、冬也が倒れている姿が見られた。さっきまで真也の行動を止めようとしていた冬也が真也の膝に体を預け、気持ち良さそうに眠っている。
「あれ、二宮君、どうしたの……?」
「なんだよ冬也。お前も俺にかまって欲しいのか?」
真也は冗談交じりにそう言ったが、冬也はちっとも反応しない。沙智は真也が「お前も」と言ったのが少し気になったが、すぐにそれは頭から葬り去られた。
――急激な眠気が、突如沙智を襲った。
何かおかしいと思いあたりを見回すと、クラスのほとんどが気持ち良さそうに眠りについていた。中には座席からはみ出し、通路に頭が出ている者もいる。やはり、何かおかしい。そう思いたかったが、もう体は睡眠準備態勢に入っているらしく思うように頭が働かなかった。
「宮原……俺も眠ぃ。バス着いたらおこしてくんねぇ?」
真也も眠たげな声を上げてそう言った。
「ごめ……私も眠くて体が……」
言葉が途中で切れた。眠気は全身に行き渡り、体の機能を低下させていった。目を開けていようと力を入れるが、途中で何かにさえぎられるように体に力が入らない。逆に、まぶたを降ろそうとする力が、目を開けていようとする力に勝って沙智は強制的に暗闇の世界へ追いやられた。
沙智がまぶたを閉じると視界は暗闇にそまり、あっという間に思考は暗闇の中に沈んでいった。
3年C組を乗せたバスは突如方向を変え、他のクラスのバスが予定通りの道を進んでいく中、もと来た道をたどり始めた。その様子を、他のクラスの何人かが窓越しに不思議そうに見送っていた。



残り48人



next>>