lost 03 地獄への招待状 4

沙智が意識を取り戻したとき、そこは先ほどまでいたバスの中ではなかった。
沙智がうつぶせになって寝ていたのはだいぶ古びた机で、いつも見ている教室の机に似ていることからここがどこかの教室だと勝手に推測をする。
沙智はあたりを確認するため、古びた部屋を見回す
「……?」
机こそ似ていたものの、そこは桜木第3中学の教室とは明らかに違った。古びた壁、塗装の剥がれたドア、木造作りの部屋は桜木中とは作りが全く違い、何十年も前から放置されている廃校のようにも見える。
あたりにはすでに覚醒している人や、まだ夢の中にいる人など様々だった。中には席を立ち、友達と話している人までいたが、この何が起こるか分からない状況の中よく話していられるものだ、と沙智は思った。
「沙智、沙智ッ!」
後ろから背中をつつかれ沙智が振り返ると、可が少し不安そうな顔でこちらを見ていた。
「沙智、私たち何でこんなところにいるの?」
可は少し潜めた声でそう言った。
「わかんない。私、バスで寝ちゃったから……」
自らの発言で、沙智の脳内では過去の記憶がフラッシュバックされる。
バス――……修学旅行に行く途中、急に眠くなって――
沙智は今に至るまでの経歴を思い出した。だが、バスで眠ってしまってから自分たちがいつここに運ばれてきたのか、どうしてここにいるのかといった重要な部分だけが記憶から抜けていた。一体、自分たちが眠っている間に何があったのだろう。
あたりがさらに騒がしくなってきた。再びあたりを見回すと、クラスの大半が目を覚まし、周りの友人たちと話していた。
「ねえ、ここどこ? きったない教室――!」
「本当。どこだろう?」
近くで話していた女子の会話が聞こえたが、やはり周りと同様に気楽な会話だった。果たしてこのクラスの何人がこの異様な状況を理解しているのだろうか。
明らかにこの状況はおかしい。他のクラスの生徒たちは一体どこに行ったのだろう。壁をはさんだ向こう側に、ここと同じような部屋があったとしても話し声が聞こえない以上ここにいるのはC組だけだと判断できる。なぜC組だけがここにいるのか。この異様な状況を理解しつつある沙智の脳裏には疑問があふれていた。だが、湧き出す疑問は自分で解決できるはずもなく、結局はこうして可と話すほかない。
「それにしても、私たちこれからどうなるんだろう――あれ? 可、首に何か……」
そう言って沙智は可の首を指差す。そこには、鈍い光を放つ銀色の首輪のようなものがしっかりと巻かれていた。
「え? 首――?」
可は首の辺りに手を当てる。その冷たい感触が手に触れ、思わず可は手を離す。
「なっ……何これ……首輪?」
「そうみたい……でもなんで可だけ……?」
そう言って、無意識に自分の首筋に手を当てる。あてた指先から、ひやりと冷たい感触が伝わった。
沙智の顔が青ざめる。
「沙智にも……? じゃあまさか――」
「うん。全員についてるよ。コレ」
沙智の言葉を聞いて、可は周りを見渡す。光の反射でところどころから眩しい閃光が目に入る。その光は、可や沙智に巻かれている首輪と同じ輝きを放っている。沙智の言うとおり、首輪はクラス全員にまかれていた。
「本当だ。でも何のために――?」
可がそう言うと、沙智の前方から、突如声が聞こえた。
「……プログラムよ」
声のほうへ頭を向けると、向井彩音(女子18番)が背を向けたまま頭だけを若干こちらに向けて口を開いていた。その表情は冷たさをまとい、その中にどこか楽しそうな感情を秘めた、そんな表情だった。
「な……プログラムって……どういうこと?」
可は顔に不安の表情を浮かべながら尋ねた。沙智も彼女の返事を待つ。
「そのままの意味よ。知らないはずないでしょう? 江入可さんと、宮原沙智さん。
プログラム。大東亜共和国が専守防衛陸軍防衛上の必要から行っている戦闘シミュレ―ションで、正式名称・戦闘実験第68番プログラム。私は昔からそういうものに興味があってね、いろいろ知っているのよ。多分プログラムに関してはこのクラスで1番詳しいんじゃないかしら?」
彩音は少し笑みを浮かべてそう言った。その表情は先ほどと同様に場違いな笑みで、沙智は不気味に思えた。
「でも……いくら詳しいからって実際に体験したことあるわけじゃないんだし、この状況が本当にプログラムかどうかなんて分かるわけが……」
沙智がそう言いかけたとき、彩音が再び口を開いた。
「分かるわよ。さっきも言ったでしょう? 私はプログラムの知識はかなり豊富よ。
あなたの言うとおり、確かに私は経験者じゃないわ。でも、私の父が政府に勤めていて、プログラム関係の仕事をしてるの。好奇心から父にいろいろ聞いたのよね。毎年全国の中学3年生を対象に抽選を行って、対象クラスを決定する。その後、修学旅行などの行事のときに対象クラスだけを拉致。会場へと連れて行くの。会場って言ってもどっかの無人島だけじゃないわ。刑務所や、人里離れた大きな山なんかでもやるらしいの。これくらいは小学校で習ったでしょう?
で、会場につれてこられた生徒たちにはプログラム中での生徒の行動とか監視できるスグレモノ……例えば発信機とか、プログラム上で問題になるような行為を行ったら爆発するいろいろと高性能な首輪がされて、あとで来る担当教官から説明を受けるのよ。まあ担当教官に逆らったり、私語をつつしめば殺されることはないわ。時々いるらしいのよ、説明を受けている最中におしゃべりしたりして殺されるかわいそうな人」
馬鹿よね、と彩音は笑う。
彩音の今の説明は通常、学校で常識として教えられる知識をはるかに超えていた。どうやら彩音は本当にプログラムについては詳しいらしい。
沙智も可も、その完璧ともいえる説明に圧倒された。
だが、今沙智の思考は別のところにあった。彩音の説明は明らかに自分たちが今置かれている状況と符合している。もし、彩音の言うことが本当ならば、このあと何が起こるかも容易に予測が付く。
「じゃあ、私たちってこれから――」
「殺し合いをするのよ。最後の1人になるまで、命をかけてね」
沙智の背中に悪寒が走った。彩音が冷静な表情で言い放った台詞があまりにも異様だったからなのか、これから始まる悪夢に恐怖を感じたのか、あるいは両方なのかもしれない。
沙智は少しだけ向井彩音という人物に警戒を強めたほうがいいのではないかと思い始めた。この状況の中、冷静にプログラムのことを話す彼女――彩音は、本当は自分が思っているより恐ろしい人間なのかもしれないと思い始めたからだ。
思っているだけではない。沙智は無意識にそれを確信していた。
「あの、向井さん……そんな大きい声で話して大丈夫なの……? 誰かに聞かれたら大騒ぎになりかねないよ……?」
黙って話を聞いていた可が口を開いた。可の一言に沙智の思考が現実に連れ戻される
可の言うとおりだった。沙智も気がつかなかったが、彩音の話しているときの声はざわめきにかき消されぬような大きさだ。もしクラスメ―トに沙智と可、彩音の会話が聞こえてしまったりしたらパニックを起こしかねないだろう。だが、可の心配をよそに、彩音は先ほどと表情を変えずに冷静に答えた。
「大丈夫よ。このざわめきの中、私の話を聞いている人なんているわけないじゃない。みんな個々のおしゃべりに夢中でしょう? 私はあなたたち2人に聞こえるくらいの声で話しているつもりよ。だから大丈夫」
「……そっか。じゃあ大丈夫だね」
可は彩音にそう言った。
先ほどから思っていたが、彩音はこれからプログラムが始まるということを知っているのに妙に冷静だ。空手を習っているため、多少精神力の強さには自信のある沙智ですらこれから始まることに恐怖を感じているのに、彩音のこの冷静さは一体なんなのだろう。
沙智は、向井彩音という人間が改めて謎の少女だということを実感した。
もともとクラスの誰ともつるまない1匹狼だったのはここにいる誰もが承知だが、まさかここまで知能も高く、恐怖心や好奇心といったあらゆる感情が人より欠けている少女だということには全く気づかなかった。
これだけの知識があるのだから、彩音はプログラムで優勝する確率は高い。彩音はもしかしたらこのゲ―ムに乗ってしまうのではないかと思った。そう考えると、向井彩音という人物がとても恐ろしいものに感じる。
――突然、扉の開く音が鳴った。
がたがたに歪んでいる扉の向こうから現れたのは、黒いス―ツを着こなした若い男だった。
突然入ってきた男にクラス中の視線が集まった。同時に、教室を支配していたざわめきもなくなる。
男は視線を気にせず黙って黒板の前まで来ると、無言でチョ―クを手に取り、黒板で名前を書き始めた。チョ―クが黒板をたたく音が教室に響く。
名前の横に丁寧に振り仮名をふって、もとの場所にチョ―クを置く。すると今度はこちらに振り返り教卓に手を付くと、やっと第一声を放った。
「始めまして。今日からこの3年C組の担任になった藤嶺正明と言います。以後お見知りおきを」
男は低い独特の声で丁寧に挨拶をすると、また黙り込んでしまう。なんて無口な人だ、と沙智は思った。藤嶺と名乗った教師は、相変わらず生徒たちの視線を集めている。 藤嶺は数秒置いて、再び口を開く。
「みなさん、自分たちがここにいる理由はもうご存知ですか?」
藤嶺は突然、奇妙な質問を投げかけてきた。生徒たちはその質問の意味を理解できず、黙り込む。
藤嶺は予想通りといった様子で生徒たちを見回すと軽くうなずき、口を開いた。
「……まあ、知らなくて当然でしょう。みなさん、“プログラム”ってご存知ですか?
ああ、もちろん発表会とかの演目の順番が書かれているあのプログラムのことではありません。我が大東亜共和国が独自に行っている戦闘シミュレーションで、正式名称・戦闘実験第68番プログラム――皆さんが対象年齢だってことは知ってますよね?」
誰かが、「あっ!」と声を漏らした。
その一言をきっかけに周りの生徒も藤嶺の放った言葉の意味に気がついたのか、顔色がみるみる変わっていく。
「――みなさん気がついたようですね。そうです。君たちは、今年のプログラム対象クラスに選ばれました。みなさんには、これから3日間、最後の1人になるまで殺しあってもらいます」
藤嶺は顔色一つ変えず、そう一言放った。



残り48人



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