lost 04 地獄への招待状 5

藤嶺の一言に、生徒全員の顔から血の気が失せていく。だが、それも予想済みといったように微動だにせず、話が続けらる。
「みなさんは運がいいですね。プログラムに選ばれる確率は宝くじの1等が当たる確率より低いといいますから。ですが、いくら当たりにくい宝くじの1等とはいえ、1等をあてる人は必ずいるでしょう? それと同じです。プログラムも低い確率とはいえ平等に抽選したらどこのクラスにも当たる確率は平等に存在します。だから自分たちだけが不幸だなんてマイナスな考え方しないでくださいね。マイナス思考は何かと損ですから」
藤嶺の論理は正しかった。だが、どんな理屈を並べられてもプログラムへの強制参加に対して納得いくはずがない。
藤嶺の理屈よりも、自分たちが本当にプログラムに選ばれたことのほうが重要だ。プログラムの当選確率なんて今はどうでもいい。
先ほど向井彩音が言っていた説明と藤嶺の今までの話は符合している点があまりにも多く、そのことによって沙智の中で考えられていた「何かの手違いでここに連れてこられた」などの仮説が全部打ち砕かれ、クラスメ―トと殺し合いをしなくてはならないという実感が少しずつわいてきた。
「では、そろそろ本題に入りましょう。君たちはこれから殺し合いをしてもらいますが、皆さんはまだプログラムに対する疑問でいっぱいだと思うので、最初に今回のプログラムについて説明をしたいと思います」
そう言うと藤嶺はチョークを手に取り、自分の名が書いてある隣に意味を成さない図形を描いた。そしてまた、説明を始める。
「まず、この場所についてですが、ここは半径5kmくらいの島です。もちろん人はいません。ここは半年前から無人島ですからね。思いっきり殺しあって結構です」
チョークで図形をこんこん、と叩く。
すると、藤嶺が説明を中断したのを見計らったように1人の少女が手を上げ、立ち上がった。
「ん? 君は確か――学級委員長の矢崎未羽さんだよね。どうしました?」
「あの……、島の説明よりも、さっきからこの首輪が気になってるんですけど……」
未羽は小声でそう言った。藤嶺はそれを聞くと、笑顔で答える。
「あ、そうそう。今説明しようとしたところです。ナイスタイミングです矢崎さん。
実はですね、みなさんが島のあらゆる箇所に隠れてしまって殺し合いをしないのではこのプログラムの意味がありませんよね? 死者も出ないし、極端に言ってしまえば生徒全員が一致団結して島にいる私達政府の役員を襲って逃げる、ということも可能です。その対処法として、私たちは禁止エリアをつくりました」
沙智をはじめ、生徒のほとんどが藤嶺の言っていることの意味が分からず、首をかしげる。
「禁止エリアって言うのはですね、あとで配る地図を見ればわかるんですけど、今はこの島の図を見てください。島を縦線と横線で分けて、縦に上からアルファベットを入れて、横は数字を入れて、島をいくつかに区切ってしまいます。そうですね、ではこのAの部分と4の部分がちょうど交わるところ――ここをA−4といいましょう。
プログラムには6時間ごとの定期放送があります。その時に死んだ生徒と一緒に発表するのが禁止エリアです。たとえば先ほどのA−4が4時に禁止エリアになったのなら、そのエリアにいる人は4時までにそこから出て行かないと、君たちの首輪にここのパソコンから電波を送って爆発させます。これはさっきも言いましたが、みんなが隠れて殺し合いをしないのでは意味がないので、どんどん動ける範囲を制限していくのです。そうすれば嫌でも誰かに出会うでしょう?」
――なんてルールだろう。本当によくできたゲームだ。
沙智は思った。禁止エリアなんてものがあるとは思わなかったし、自分の首に巻かれているものに生死を決められるなんて冗談じゃない。
この首輪は大東亜共和国の政府が金をつぎ込んで作った代物だろう。プログラム関連には金を惜しまない政府だ。相当よく出来ているのだろう。
「あ、そうそう。禁止エリアを作ったってゲ―ムに乗らなきゃ1人も死ぬことはありませんよね。ですから24時間以内に1人も死者が出ない場合、その時点で生きている人全員の首輪に電波を送って爆発させます。当然、優勝者はなしです。
ちなみにこれ、耐水性、耐ショック性なので過って水をかけたりしても転んだりして衝撃を与えても壊れることはほとんどありません。無理にはずせば爆発します。じゃあ、ここまでで質問ある人いますか?」
沙智の予想通り、首輪はかなりハイテクなようだ。多分、専用の機械か何かがないとはずせないのだろう。本当によく出来た首輪だ。
藤嶺は再び教卓に手をつき、生徒たちの反応を待つ。
「……あの、じゃあ質問いいですか……?」
藤嶺の言葉に一番に反応したのは船外宮(女子13番)だった。
「君は船外宮さんか。なんですか?」
「あの、このことって両親に連絡したんですか?」
確かに、沙智たちがプログラムに選ばれたことを生徒の両親たちに説明する必要はある。
沙智もそれが気になっていた。自分の両親はこの連絡を受けてどんな反応をしたのだろうか。
藤嶺は宮の質問を受け、相変わらず丁寧に対応する。
「もちろん、今日の1時までにみなさんのお父さんお母さんから君たちがプログラムに参加する許可をいただきました」
沙智は、藤嶺の言葉に疑問を持った。
沙智の両親は2日前から出張で家にはいないはずだ。そこにいない人間から藤嶺はどうやって許可を得たのだろう。
報告を聞いたときの両親の反応や、本当に許可を取ったのか、沙智の脳には疑問があふれだした。藤嶺に聞くのは気が引けるが、聞いてみるしかなかった。
沙智は、静かに手を上げて席をたった。
「あの、先生、私の両親、2日前から出張で家にいないんです。どうやって両親に許可とったんですか?」
沙智は藤嶺の機嫌を損なわないよう、慎重に話す。
「ああ、君は宮原さんか。確かに君の家はお父さんもお母さんもいなかったよ。使用人の女の人はいたんだけど、確か今日の12時ごろに帰ってくるって連絡が入ったから、政府の誰かが君の家まで行って許可もらうと思います。だから安心してください」
内心で、ほんの少しではあるが両親の許可をもらわなければプログラムには参加できないものだと思っていた。だが、世の中そこまで甘くは無い。結局、沙智はプログラムに参加することを回避できないようだ。プログラム制度の厳しさに今までにないショックを受けたが、反抗せず、沙智は腰を下ろした。
いくら大事な娘とはいえ、政府に逆らえばそこで人生を終えてしまう。多分、両親は自らの命のために沙智のプログラム参加を許可するだろう。そう考えると胸がはりさけそうなほど痛かった。
「では、質問はもういいですか? 早く始めないといけないので」
「あのっ……もう1つだけいいですか?」
藤嶺の言葉に素早く手を挙げた人物は沙智もよく知っている人物――根草凪だった。
「このクラスは質問が多いですね。積極的でいいクラスです。さ、どうぞ。でもこれで最後ですよ」
藤嶺の言う“最後”が意味するのはプログラムがもうすぐ始まるということだろう。その言葉を聞き、沙智の心臓もだんだんと鼓動の速度を上げていく。
凪は普段より少し暗い表情で席を立ち、口を開く。
「一緒にバスに乗ってた柳原先生はどこに行ったんですか?」
言い終わった瞬間、藤嶺は少し驚いたような、忘れていた何かを思い出したような表情をした。
「あ―そうそう。すっかりと忘れてました。柳原先生、入っていいですよ。根草さんは座ってください」
凪が座り、藤嶺が一言古びた扉へ声をかけるとゆがんだ扉が勢いよく開き、担任の柳原和義が姿を現した。
だが、柳原の雰囲気がいつもと違った。いつもの優しい気をまとった柳原とはまるで別人のように無表情で、無感情。それはまるで、人の命をなんとも思わない殺人鬼のようだった。
「じゃあ柳原先生からみなさんに最後の言葉です。先生、お願いします」
藤嶺が1歩後ろに下がり、変わりに柳原が前へ出る。
「……みなさん、これが私から送る最後の言葉です。
学校ではお世話になりました。みなさんは今日限りで普通の生活は終わりです。これから、みなさんで命をかけた殺し合いが始まります」
柳原の表情は真剣で、どこか殺気だっていた。今までの優しく、笑顔の絶えない柳原はどこに行ったのだろうか。もしかしたら、こっちの性格が柳原の本性なのかもしれないという思考が沙智の頭を走った。
「みなさん、先生は君たちが一生懸命戦うのをここでのんびり見ているので、がんばってください。では、私の話は終わりです」
柳原の話を聞いていても、とても前の柳原からは想像が付かない言葉ばかりだ。目を閉じて聞いていれば、柳原の声をした別人が話しているように思えるほど彼の変貌振りは異常だった。
柳原は話し終えるとすぐに後ろへ下がった。再び藤嶺の声が教室に響く。
「はい、ではそろそろ始めないといけませんね。みなさん、頑張って殺しあってください」
その一言を終えると、藤嶺は少し黙った。教室に沈黙が走る。
だが藤嶺は「あ!」と声を漏らし、再び喋り始める。
「忘れてた。柳原先生は処分しておけって政府から命令されていたんでした」
柳原の冷静な表情が一変し、緊張の表情へと変わる。同時に、生徒たちにも緊張が走る。
柳原のあわてぶりも当然だ。藤嶺の言う“柳原を処分する”というのは柳原を殺すという意味になる。当然、これから殺される運命にある本人もその意味を理解しているようだ。
「ど、どういうことだ! 私はこいつらを拉致するのに協力したじゃないか!」
柳原はあわてて藤嶺に言葉を返す。だが、今の言葉で柳原は沙智をはじめ、この3年C組をプログラムに参加させるのを許可したことを自ら暴露したことになる。本当に大人は自分勝手だ、と沙智は思ったが、そんな沙智の思いもよそに事態は悪い方向へと進行していく。
「まあまあ、あわてないでくださいよ。先生は確かに我々に協力してくれました。ですが、先生はあまりにも深く政府について知りすぎてしまったんですよ。それを外にばらされたらこっちが困りますからね。それに、先生を殺さないと私が殺されちゃいますから」
藤嶺は言い終わると同時にスーツの内ポケットに手を入れ、中から拳銃を取り出した。沙智は何度か本物の銃を見たことがあるが、藤嶺の手の中にある銃はその重量感から誰が見ても本物だと分かった。
藤嶺は手の中に納まっている拳銃を、柳原に向けた。
「な、なにをする気だ! やめろっ……!」
柳原が後ずさるたびに、藤嶺は1歩、また1歩と柳原との距離を縮めていく。
「動かないでください。私、実弾で打った経験少ないので、動かれるとはずれちゃいますから」
そう言いつつ藤嶺は、柳原のひたいに銃の先端をあわせた。そして、その顔に小さな笑みを浮かべると、何の前触れも無く引き金を引いた。
「――!」
乾いた音が教室に響き渡り、柳原の目が大きく見開かれ、額に小さな穴が開いた。
「きゃあああああっ!」
女子生徒の悲鳴が聞こえた。柳原の体は支えを失ったようにくずれ、その場に倒れこんだ。
「さあ、邪魔者も始末したことですし、そろそろ始めましょう。地獄のゲーム、プログラムを……」
藤嶺は殺気のこもった笑みを浮かべ、生徒たちのほうを見た。
その藤嶺の足もとの横には机に隠れて姿こそ見えないものの、柳原のものであろう血液が床に赤い水溜りを作っていた。
あまりの出来事に生徒たちは体を硬直させ、先ほどと変わらぬ冷静さで自分たちを見回す藤嶺を凝視している。
桜木第3中学校3年C組に降り注ぐ悪夢は、こうして幕を開けた。



【教師 柳原和義 死亡】



残り48人



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