lost 05 地獄への招待状 6

柳原が殺された後、生徒たちは自分の存在を隠すかのように息を潜め、ただ自分の座席に座り何をするでもなく俯いていた。
教室は呼吸の音すら聞こえなくなり、完全に無音状態になる。
生徒たちは俯きながらも殺された柳原のこと、これからの自分のことを考え恐怖に震えていた。声を上げて泣き喚きたいくらいだが、そんなことをしたらどうなるかは目に見えている。生徒たちは涙をこらえ、その場に座っていた。
――しばらくはその状態でじっとしていられた。この状況なら考えることは山ほどある。
だが、人間はそう長く無音に耐えられるほど強く作られてはいない。暗闇や無音、閉鎖された環境に弱いのは人間の特徴とも言えるくらいだ。
それはこの状況でも例外ではなかった。
先ほどから眉間にしわを寄せて考え事をしていた生徒たちだが、流石に我慢もピークに達していた。もちろん、先ほど笑顔で柳原を殺害した3年C組の新しい担任、藤嶺も生徒たちと同じくこんじょ無オンに嫌気が差してきていた様子で、指で供託を叩いたり、足を小刻みに揺らし貧乏ゆすりをしたりしていた。
沙智も生徒たちも、精神は限界を迎えつつあった――その時だった。
「……みなさん、多少邪魔が入ってしまいましたが、続けましょう」
この無音に耐え切れなくなった藤嶺が口を開いた。
「では、みなさんにはこの学校を出てもらいます。順番は出席番号順でいいですね? 2分間隔でこの教室を出てもらい、最後の人――渡辺君が教室を出たら、20分後にここが禁止エリアになります。いつまでも校舎の近くにいるとゲームが始まる前から死んでしまいますので注意してください」
藤嶺は相変わらず寒気がするほどの笑顔でそう言った。
「あと、君たちが戦う上で能力に有利不利がありますよね。なので、君たちにデイパックを1個ずつ配ります。中には3日分の食料、水、懐中電灯、コンパス、時計、地図、そして武器が入っています。武器はランダムなので何が当たるかはわかりません。拳銃やナイフ類から、ハズレだとなべの蓋まで様々です。あと、修学旅行の荷物も返しますので何かに活用してください。君たち、入って!」
藤嶺が声をかけると、古びたドアの向こうから迷彩服の男が3人、デイパックが大量に積まれたワゴンと共に入ってきた。
「それでは、女子1番、愛川利奈さん」
名前を呼ばれた利奈は立ち上がり、まっすぐ藤嶺のほうへ向かった。
「はい、頑張ってください」
藤嶺は笑顔でデイパックを渡した。利奈は無言でデイパックを受け取ると、迷うことなく教室をあとにした。
誰から見ても、利奈はやる気になっているのではないかと錯覚するくらい冷静に見えた。だが、当の本人は恐怖で体が上手く動かせない状態で走ることすら出来ない状態だった。
利奈が出て行ってからすぐに、藤嶺は時計をセットした。
「この時間は暇だと思うので、友達とのおしゃべり以外なら何をしていてもいいです。今のうちにくつろいでおいてかまいませんよ」
藤嶺はそう言ったが、ぴんと張り詰めた空気は変わらない。
沙智は仲間に会うための手段を考えていた。だが、沙智は自分の出席番号が可や裕香、凪と離れているため、作戦を立てたところでそう簡単に会えるはずがなかった。話をしようにも、後ろを向いた瞬間に藤嶺の拳銃の餌食になるに違いない。
特に、可と沙智の間には10人近くのクラスメートがいる。沙智が教室を出る頃には可はとっくにどこかに逃げてしまっているだろう。さらに生徒どうしの間は2分間間が開いてしまうため、比較的番号が近い裕香とも出発時間にかなりの差がついてしまう。これでは打つ手なしだ。
「次! 阿刀田仁君!」
考えている間にもあっという間に2分が過ぎ、クラスメートはどんどん校舎の外へ出されていく。これでは一番早く教室を出る可はおろか自分の番もあっという間に着てしまうだろう。
「次! 宇佐美桐人君!」
桐人が呼ばれた。順番では次は可だ。あと2分で可はこの教室を出て行き、戦場へ放り込まれる。そして、あと数十分もすれば沙智も同じように戦場へ放り込まれ、命をかけて戦わなければならない。沙智はクラスの女子の中では比較的運動能力は高い。だが、可たちの体力では明日の朝まで無事に生き残れるかどうかすら危うい。早く可や凪、裕香を探し出さなくては殺人鬼と貸したクラスメートの手にかけられてしまう。
憂鬱な授業は1分1秒が長く感じるのに、今は時間の流れが速い。
可が教室を出るまでの2分間が妙に短く感じた。
「次! 江入可さん!」
とうとう可が呼ばれた。可は俯いたまま席を立ち上がり、デイパックを受け取ると足音も立てずに教室を出て行った。いつものように可を呼び止めたかったが、そんなことは出来るはずもなく、沙智は不安げな目で可の背中を見送るしかなかった。
――また、教室に沈黙が走る。
可は一体どこに逃げたのだろう。沙智は今そのことしか頭になかった。
この状況だと時間が経つのは早い。再び藤嶺が口を開いた。
「次! 加島強君!」
強が出て行った。ゆっくりだが、沙智の順番の近づいてきている。
沙智は自分の知識をフルに作動させ、皆と会う方法を考えた。出来るものなら脱出まで考えたいが、たかが中学3年生の思考能力で国全体で行われているゲームを崩すことなどできるはずもなかった。会ってからどうするかは後で考えればいい。今は3人と会うことが先決だ。
プログラムは今まで60年間毎年必ず行われてきたが、脱走の成功例は後にも先にもたった1度きり。入ったら出られないこの迷路の中で、毎年殺し合いが行われてきた。
政府の人間――藤嶺たちは、生徒たちが苦しみ、死んでいく姿を上から眺めているだけ。生徒たちはプログラム中、人間モルモットとして国の実験材料にされる。全国各地に何万とある中学3年生のクラスのうち、毎年たった50クラス――それでも1クラス40人と考えれば2000人もの人数が政府によって未来を奪われているのだ。ゲームに生き残り、将来を保障されるのはたった50人。恐ろしいほど少ない数だ。
――結局、脱出など無理な話だ。
「――次! 津暮岬さん!」
藤嶺の言葉に沙智が我に帰ると、教室内の生徒の数は激減していた。気がつけば、クラスの大半が教室から出て行ってしまっている。
このままでは何の案も浮かばないままゲームに放り込まれ、殺されてしまう。何か、何かいい手は――……
考えようとすればするほど脳が焦り、いい案が浮かばないまま空しく時間だけが過ぎていく。沙智の順番がすぐそこまで迫る。
「次! 針城真也君!」
とうとう真也も呼ばれた。教室を出て行く真也を見ながら、バスの中で話したことを思いだした。修学旅行への期待を弾ませ、あんなに楽しく話をしたのに、今の状況ではその思い出すらも遠い過去の話のように思える。 残っている生徒は約半分。沙智が教室を出るまであと10分ほど時間が残されている。
沙智は再び思考を走らせることに集中した。いくら小さな島だからといって、自分も相手も動き回っていては遭遇の確率は少ない。だが、一箇所に留まることはあまりにも危険すぎる。
「次! 穂崎裕香さん!」
藤嶺の声に、再び沙智は現実世界へと引き戻される。
呼ばれたのは裕香だった。沙智の番も、もう目前だった。
タイマーが時を刻む。失われていく1秒1秒が、じわじわと沙智の安全な時間を削っていった。
「次! 三田健太君!」
――ついに、沙智の前の生徒は誰一人としていなくなった。
緊張で体がむずむずする。無意味にあたりを見回し、最後に時計を見る動作を何度も繰り返した。
残り1分半。たったの90秒が、異様に長く感じられた。
――その時だった。
藤嶺の体から、奇妙な音楽が流れ出した。
「あ。すみません。私の携帯です。メール見るだけなので気にしないでください」
遠慮なく鳴り響く音楽を止めると藤嶺はメールにさっと目を通し、すぐさま携帯をしまった。
残り5秒、沙智は立ち上がる準備をした。
藤嶺がタイマーを見て、名簿を手に取った。
「じゃあ次は――……」
藤嶺が沙智の名を呼ぼうとした瞬間、何かを蹴飛ばす音が鳴り響いた。



残り48人



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