lost 06 地獄への招待状 7

突然の衝撃音におどろいた沙智は音のほうを向くと、耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。
「嫌! もう嫌! なんでこんな目にあわないといけないの!?」
尋常ではない声が沙智の耳を貫く。その視線の先では、桃井凛(女子21番) が立ち上がり、泣き喚いていた。近くには倒れた椅子があった。先ほどの衝撃音は椅子を蹴飛ばした音だろう。
「桃井さん、席についてください」
藤嶺は優しく語りかける。
「嫌! 家に帰してよっ……!」
凛はただ泣くばかりで、藤嶺の声は届いていなかった。
藤嶺は忠告した後、少しばかり泣き喚く凛を見ていた。残っているクラスメートも凛を凝視する。
凛がいつまでも落ち着かないのを見て、藤嶺は再び口を開いた。
「……桃井さん、これが最後です。席についてください」
声のトーンが低くなった。表情や雰囲気も先ほどとは違う。だが、その変化に気づかない凛は延々と泣き続けた。
「……仕方ないですね。出発の予定を狂わされると迷惑ですから“処分”しましょう」
その言葉に、クラスメートの顔が一気に強張る。
暗黙のうちに誰もが理解していた。藤嶺は、凛を殺す気なのだと。
「家に帰して……!」
凛は相変わらず泣き叫ぶ一方で、自分の置かれている状況を知ることはなかった。
藤嶺は、スーツのポケットから四角い箱のようなものを取り出した。光に反射し、わずかな金属光沢が見られる。
そして、藤嶺はそれを凛へと向けた。躊躇なくボタンを押すと、凛の首に巻きついている首輪がピ、ピ、とテンポのよい音を立て始めた。
「……!?」
首輪の変化に気づいた凛は、おどろいて自分の首に手を当てた。
「何これ……止めてよ! 嫌ぁっ!」
凛が叫んだ。
「無理です。このリモコンには停止ボタンはついていません。残念ですが――あなたの命もあと数十秒です」
凛は更に泣き喚き、迫り来る死に抵抗していた。だが、首輪でつながれた運命を変えられる者など、この教室には誰一人としていない。
「嫌っ……! 死にたくない!」
死神が、凛の足をつかもうと腕を伸ばす。
テンポのよい音は速度を速め、やがてばらばらだった音は1つの音へと重なった。ピ――と、最後の瞬間を告げる音が鳴り響いた。
音が一定になり、首輪内部の起爆スイッチが作動、そして――……
クラスメートの目の前で、凛の首輪は衝撃音と共に爆発した。凛の首は完全に体から切断され、切断面からは得体の知れないモノがはみ出している。支えを失ったように崩れた凛の体は床にぺしゃりと倒れる。直後、大量の鮮血が床に新たなる血溜まりを作った。
生徒たちは言葉を失い、抜け殻になった凛を凝視していた。
見ていたくはない。だが、目が離れてくれなかった。
藤嶺は柳原を殺したときと同様に、能面のような笑みを浮かべて立っていた。
「……り、凛……?」
惨劇に包まれた教室で、1人の少女が立ち上がった。
横山遙(女子25番) は、ふらふらと立ち上がり、まるで周りの景色が全く目に映っていないような足取りで、ゆらゆらと凛のほうへ向かっていった。
遙はクラスで一番凛と仲がよかった。性格も特技も正反対だったものの、2人の仲が崩れることは1度もなく15年間やってきたのだ。
その親友である凛が今、たった1人の男――藤嶺によって、命を奪われたのだ。どんな理由だろうと、それは遙にとって自分の死よりも耐え難いことだった。
遙の思考は完全に麻痺していた。冷静さを失った遙の頭には、藤嶺への恨みしかない。
「遙……! 駄目……!」
近くの席に座っていた矢崎未羽(女子24番)が止めに入った。だが、未羽の声は遙に全く届いていないようで、周りが見えなくなった思考は止められてもなお前に進むよう遙に命令を下している。
未羽は遙の体を無理矢理自分のほうへ向け、強く言い放つ。
「遙! あなたまで死ぬわよ! いいの!?」
遙はうつろな目で未羽を見つめる。
声が届かない遙に、未羽はもう1度強く言う。
「あなたが死ぬ必要はないの……! お願いだから、おとなしく席に戻って……!」
搾り出すような声で、未羽は遙に語りかけた。
「……だって……」
遙は、小さく口を開く。
「だって……凛が……そんなこと……」
声が震えていた。語尾が不明瞭になり、のどの奥へと消えていく。
遙は今にも泣き出しそうな表情でそう言った。まだ、遙は席に戻ろうとしない。
一向に動こうとしない遙を見かねた未羽は、突然手を振り上げたかと思うとそのまま遙のほほを叩いた。
「……!」
遙は一瞬何が起こったかわからないと言った表情で未羽を見た。思考が正常に働きかけている瞬間に、すかさず未羽は言葉をかける。
「凛は確かに死んだわ! でもあなたまで死ぬ必要はないの! 凛の分まであなたが生きなきゃ! あなただってここで死にたくはないでしょう? だからお願い、素直に席に戻って……!」
遙は一瞬呆けたような表情をしたが、やがて大粒の涙を流し始めた。
未羽は遙の背中を押し、近くの席へ座らせた。
流石は学級委員だと沙智は思った。未羽の助けがなければ遙は暴走を続け、凛と同じ運命をたどっていたに違いない。
しばらくは教室に嗚咽が響いていたが、やがてその声は小さくなり、沈黙の中に消えていった。藤嶺は机の上の四角い箱を再びスーツのポケットの中にしまった。どうやら遙の件は見逃してくれたようだ。
沈黙が訪れると、藤嶺は口を開く。
「問題は解決したようですね。では、宮原沙智さん、出発してください」
藤嶺は何事もなかったかのように沙智を呼ぶと、笑顔でデイパックを差し出す。沙智は無言で受け取ると、早足で教室を後にした。
教室の外は初めて見たが、教室に負けないほど老朽化しており、床も天井もぼろぼろだった。天井は特に老朽化が進んでいて、雨が降ったら大きなバケツが必要そうだった。
廊下を少し歩くと、玄関へと差し掛かる。ここから外に出るようだ。
沙智は壁に背中をつけ、外の様子を伺った。だが、遙の件で出発が5分以上遅れているため、待ちぶせしている生徒は1人もいないようだった。
沙智は気を引き締め、外へと1歩踏み出した。
外は闇に染まり、不気味な雰囲気が深夜の心霊スポットを思わせた。沙智はきょろきょろと周りに気を配りながら歩き、目の前の林へと進んでいった。



【女子21番 桃井凛 死亡】



残り47人



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