lost 07 闇夜の来訪者

林の中は校庭より暗く、予想していたものよりもはるかに視界がきかない状態だった。沙智は手探り状態で前へ進み、歩き続ける。藤嶺は学校の周りが禁止エリアになると言っていた。つまりそれは学校付近に生徒を近づけさせない政府の策略であり、学校付近に近づいたものには自動的に死が待っている仕組みなのだ。そのため、禁止エリア外――少なくとも400メートル以上の距離――を出るまでは歩き続けなければならなかった。
――気がつけば、今自分がどこにいるのか分からなくなるくらいの距離を歩いていた。樹海で方向感覚を失うというのは本当だ。最早学校がどの方向にあるのかすら検討もつかない。
疲労にまみれた沙智は、ふと目の前にあった大きい影に目が行った。無意識のうちに警戒態勢に入る。そこにいるのは、沙智が今一番恐れている“人”かもしれない。
ゆっくりと、それに近づく
距離を縮め、あと数メートルで接触してしまう位置まで来ても、それは動かなかった。おかしいと思いよく見ると、影に近づいても人の姿は見られず、かわりに大木が1本立っていた。沙智は安堵の表情を見せると、大木の近くにデイパックを置いて一息ついた。
配られたデイパックは予想以上に重く、修学旅行の荷物と合わせると少なくとも1.5kg以上は軽くあった。
自分でもよくこんな重いものをもって歩いたものだと思うほど、デイパックの重量はそうとうなものだった。小柄な生徒はこんな大荷物を持って歩くことはそれだけでかなりの疲労を溜めることになるに違いなかった。足が悲鳴を上げつつある。立っているだけで足の裏から痛みが沸きあがってきた。一時休憩をとるため、デイパックの横に沙智も座る。
「……そういえば、これって何が入っているんだろう……?」
沙智はまだデイパックを1度もあけていなかった。自分は今戦場にいるのだから、自らの武器くらい確認しておく必要があった。沙智は藤嶺から配られたデイパックをあけてみることにした。デイパックには一体何が入っているのだろう。
チャックを開けると、大きなペットボトル2本と食料が目に付いた。それをどかしてみると、その下には時計や地図に筆記用具などが乱雑に入っている。一見して武器らしきものは見当たらない。沙智はデイパックに手をいれ、手探りで中を探索した。
しばらく探ってみると、冷たくて硬いものが手に触れた。
無理矢理引っ張り出すと、この状況では唯一の光源になるであろう懐中電灯が姿を現した。
「まさか……これが武器?」
沙智はその懐中電灯を凝視した。もしこれが武器ならどうやって戦えばいいというのだろう。こんなものではとても生き延びられない。
沙智は、他に武器はないか再びデイパックに手をいれ探し始めた。他にいい武器が入っているかもしれないという期待と、懐中電灯が武器だった場合を考えての不安が入り混じりながらも手を動かし続けた。
すると、今度は違うものに行き当たった。
懐中電灯より奥にしまいこんであったそれは、細い何かだった。沙智はそれを引っ張り上げ、懐中電灯で照らした。
「これ……トンファ―?」
木で出来たそれ――トンファ―は、よく見ると輪ゴムで紙が巻いてあり、機械的な小さい字で“トンファ―の使用説明書”と書いてあった。
懐中電灯でそれを照して読んでみると、タイトルどおりトンファーの使い方が下手なイラスト入りで説明されていた。沙智はもともとトンファーを使ったことがあるので説明なんてものは必要ない。
説明書から目を離し、もう1度デイパックを探っても他に武器らしきものは見当たらず、どうやらこれが自分の支給武器らしかった。
沙智は付属の説明書を丸めて地面に投げ捨てた。説明書を見ていて腹が立った。殺人ゲームに投げ込まれ、戦わなくてはならないのにこんな武器でどうやって戦えばいいのだろう。これではせいぜい相手を気絶させる程度しか衝撃を与えられない。
「はあ……」
思わずため息が出た。
こんな武器を支給されたところで勝てるはずがない。自分は生き残れないだろうと今、やっと確信した。同時に涙が溢れ出す。
沙智の中で15年間の思い出が頭から消え去っていっていた。
……高校の入試へ向けての勉強がどんなにつらくても、今が楽しかったからそれでよかった。たとえ高校に落ちたって、どんなに親に怒られたって、このゲームに選ばれなければ沙智にはまだ未来があったはずだ。
それなのに、こんな運命が待ち受けているなんて思わなかった。いきなりゲ―ムに放り込まれ、この3年C組の99パ―セントのクラスメートが3日以内に消えてしまうのだ。自分が残りの1パ―セントに入れるはずがない。どんなにあがいても、このゲ―ムから抜け出すことなどできるはずがなかった。
味方1人いないこの状況で信じられる人は誰一人としていない。友人たちも、もしかしたら自分の命が惜しくなり、ゲームに乗ってしまうかもしれない。
もし仮にゲームに乗っていない友人に出会い、一緒に行動したって、相手が完全には心を許してくれるかどうかは分からない。もしかしたら、心の底では自分のことを警戒しているかもしれない。自分だって、完全に信用できるか分からない。
まさにこのゲームは、絶望という言葉が合うゲームだった。
――それでも、沙智にはまだ希望があった。
凪や裕香、可は沙智が小学校の頃から付き合ってきた仲間だ。3人がゲ―ムに乗るなんて普通に考えてあり得なかった。3人とも、人を傷つけたりすることや喧嘩などほとんどしない。
そんな人が、どうやったら人を殺す殺人鬼になるのだろう。
だからこそ、このゲームの中でも沙智は裕香たちに会いに行くつもりだった。不可能といわれようが、明日、日が昇ったら絶対に探し出すと決めたのだ。
沙智は朝まではここにいることを決めた。禁止エリアになるまではここにいて、誰かが来たら逃げればいい。いざとなれば男子とでも戦える技術を沙智は身につけている。誰にも会わないことが条件だが、食料と水さえあれば3日間くらい生き延びられるだろう。
――明日の朝まではここにいて、朝になったら裕香たちを探しに行こう
沙智の心理に決着がついた。
明日の朝までここにいると決めた沙智はデイパックを体の近くに置き、唯一の支給武器であるトンファ―を握り締め、時が過ぎるのを待った。


藤嶺らがいる学校では最後の生徒、渡辺竜也(男子23番)が教室をあとにした。
竜也がデイパックを受け取り、教室を出て行った直後――
「ふあ――……長かったなぁ……。じゃ、俺仮眠とるから朝5時に交代な」
藤嶺は即座にそう言った。その声や表情は明らかに睡眠を求めている。
「は、藤嶺教官、死亡者の報告書はこちらでまとめておいたほうがよろしいですか?」
藤嶺の横にいた迷彩服の男が言った。残り2人も後ろで姿勢を正し、藤嶺の応対を待つ。
「そうだな。あと、6時に禁止エリアになる場所と時間、それから死亡者を死亡した順番でそこらへんにある紙にまとめといてくれ。読める字で頼むぞ」
「は、了解しました」
「……じゃあ、また後で」
そう言うと藤嶺は教室をあとにした。男3人も藤嶺に続き教室を出ると、プログラムを管理するコンピューターや書類の置いてある事務室へ向かった。
生徒が死んだら書かれる死亡報告書。それは、事務室の一番奥においてある。
“7月30日午前1時 プログラムスタ―ト”
死亡報告書には汚い字でそう一言書かれていた。その下には桃井凛の名が、男の手によって今、用紙に刻まれた。



残り47人



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