lost 10 闇夜の来訪者 4

やっと沙智は自分の目的を伝えることが出来た。真也は沙智の思いをどう思ったのか不安でたまらない。真也の考えによってはここでお別れだ。そうなれば、沙智は目的を言ったことを後悔するだろう。
少しの溜めの後、真也が口を開いた。
「それって――宮原がいつも一緒にいる穂崎とかか?」
「う、うん」
沙智はうなずいた。どうやら沙智の思考は真也に見透かされていたようだ。
「私、プログラムに自分が選ばれるなんて思ってもなかった。多分、みんなそう思ってると思うけどね。全国に何万あるクラスの中からたった50クラスだもん。そりゃあ、選ばれないと確信してる人がいたって不思議じゃないよね?
だから私、ちゃんと言いたいことも言わずにただ普通に生きてきちゃったの。朝起きてご飯食べて、学校行って勉強して、部活やって家に帰ったら受験勉強してそれで1日がおしまい。それの繰り返しだったの」
沙智は下をうつむきながらそう言った。
「だから、言いたいこととか言えなかったし、やりたいこともまだあるよ。もちろんここで死にたくないけど、多分私は生き残れないから。だからね、せめて生きている間に裕香たちに言っておきたいの。“今までありがとう”って。
余裕あったら話もしたいな。どうせならちゃんとお別れしたいじゃない。いつの間にか死んで後悔するよりずっといいと思うの。じゃないと私、死んだって成仏できないもん」
沙智はそう言うと言葉を切った。
真也は少し黙った後、沙智の意見に感想を述べる。
「そうなのか……俺は冬也たちに会えるなら会いたい。でも、俺って感情表現下手だからどうしても上手く言いたいこといえないんだよな。俺は今まで結構充実した人生送ってきたつもりだし、別に謝りたいこともない。ただ――」
「ただ……?」
「いや、なんでもない」
言いかけて、やめた。そこまで言われると気にしないわけにはいかない。
「え―……気になるじゃない。教えてよ」
沙智が無理に言う。
「……じゃあ、俺と宮原が生き残れたら教えてやるよ」
「え? それじゃあ聞けないじゃない。だって、私たちもう少ししたらここでお別れじゃないの?」
「……宮原。お前はどこまで鈍いんだよ」
真也がため息をつく。
「だから、最後まで一緒にいないかって言ってんだよ。感情表現苦手だって言っただろ? これくらい分かれよ」
思考が一瞬止まった。
真也が、自分と一緒にいてくれると言うのだ。沙智が望んでいたことが、奇跡の連鎖のように叶った。
沙智はすかさず言葉を返す。
「え……? 私と一緒にいてくれるの。だって私、裕香たち探しに行くんだよ……? それでもいいの?」
「いいぜ。別に俺は行く宛てもないしな。最初にあったやつでまともなやつなら誰でも仲間にしようと思ってたんだ。宮原なら信用できるしな。俺、男子でも女子でもこんな状況なら関係ないと思ってるし」
そう言って真也は沙智の顔を見た。
沙智の心臓は鼓動を早めていた。また孤独になるという不安ではない。その逆、安堵の気持ちが湧き出していた。
「真也君」
「どうした? 今度は何だ?」
「……ありがと」
「別に何もしてないけどな」
真也は照れながらも冷静を装って言った。
「それより宮原、穂崎たちを探しに行くなら早いほうがいいんじゃないか?」
「あ、うん。でも夜だと危ないし、裕香たちも多分移動をすることはないと思うの。だから、夜が明けて……1回目の放送が終わったら出かけようと思うんだ。それまでは休んでるつもりなの。さっき結構歩いて疲れたでしょ?」
「……そうだな。お前先に寝てていいぞ。俺、全然眠くないからさ」
「分かった。じゃあ、1時間経ったら起こして」
そう言って沙智は真也の片に体を預け、まぶたを閉じた。
やっと眠れる。そんな安心感に包まれたその時――がさがさと、木々を掻き分けてくる音が響いた。
沙智ははっと目を開け、トンファ―を取り出して立ち上がる。
真也もボウガンに矢をセットし、万が一に備える。
「はぁ……っ」
木々の奥から、荒い息遣いが聞こえてきた。どうやら相手は状態が普通ではないらしい。
沙智はトンファ―を強く握り締め、相手を待った。
相手はがさがさと音を立てながら、沙智と真也のいる方向へまっすぐ向かってくる。
今更だが、沙智が行くところには必ずクラスメ―トがいる。先ほどの場所でも強に襲われ、真也に出会った。そして今も、また誰かが沙智のほうへ向かってきている。真也に出会えた分、沙智には不幸も多かった。そしてその不幸は、またやってこようとしている。
新たなるクラスメ―トが、すぐ目の前まで迫っていた。
沙智も真也も目の前に迫ったクラスメ―トに緊張を高めながら待つ。
そして、相手はすぐに現れた。
闇が深くなって、ほとんど何も見えない状態の場所から、突然人影が現れた。その人影は闇から出てくると、支えを失ったように崩れ落ちた。
沙智と真也は顔を見合わせると、相手のほうへ走り出した。
「だっ……大丈夫……?」
沙智と真也は崩れ落ちたクラスメ―トに駆け寄った。だが、暗闇の中ではクラスメートの顔はうっすらとしか見ることが出来ず、髪の長さと顔立ちから女子だということは分かったが、暗闇のせいで人物を正確に特定することは出来なかった。
沙智は急いで懐中電灯を取り出してあたりを照らし、ようやく目の前の人物が誰なのかを特定できた。
「あ……青葉ちゃん……」
その少女――黒土青葉(女子6番)は地面に横たわりながら、どうにか沙智のほうを見ていた。明らかに顔色が悪い。
「どうしたんだ……? 黒土」
真也が後ろから青葉に声をかけた。
青葉は苦しそうにしながらも、どうにか喋る。
「う……林の中歩いて……て、そしたら……」
「青葉ちゃん、無理しないで」
声がかすれ、語尾がはっきりとしない青葉に再び沙智が声をかける。その言葉に、青葉がうなずく。本当に苦しそうだ。
沙智が手をついていたところに、突然ぬるりとした感触が伝わってきた。沙智は体制を崩しかける。
「あっ……!」
転倒寸前のところでどうにか体重を支え、危機を回避した。
何が起こったのか分からない沙智があわてて手を見ると、何かで手がべっとりと濡れていた。
青葉の横においてあった懐中電灯で照らしてみると、沙智の手が真っ赤に染まっていた。
「……何……?」
沙智が驚いて手を顔から離した。
血が、沙智の手を覆っていた。
なぜ突然血が手についたのだろう。しかも、こんなに大量に。
一瞬、嫌な予感がよぎり、沙智は横たわる青葉を見た。青葉は何も言わず、うなずいた。
青葉の全身を懐中電灯で照らし見ると、1箇所―――腹部の辺りから鮮血が大量に流れ出していた。
「青葉ちゃん、この傷……」
「……私が林の中を歩いてたら……撃たれたの……武器も、持っていかれちゃった」
青葉は先ほどよりもさらに苦しそうな表情で言った。衰弱してきているのは明らかだ。
腹に穴が開いているのだから当然と言えば当然だ。マシンガンで乱れ撃ちされたのだから、出血量だけではなく、それに伴う痛みも相当なものだろう。
青葉は苦しそうな表情を浮かべ続ける。
このまま放っておけば青葉は間違いなく死に至るだろう。応急処置をしても、助かる可能性は少ない。だが、この状況でも青葉は沙智の大切な友人であることは変わりない。放っておくことなどできるはずがなかった。
「真也君、タオルとか何か布……持ってない?」
「あ、ああ……ちょっと待て」
真也はそう言うと、自らのデイパックを開け、中を探り始めた。
本来ならタオルなどは支給されていないはずだが、真也は修学旅行の荷物の中で必要そうなものをあらかじめデイパックへ移しておいていたのだ。その時たまたま入れた物のひとつがタオルだった。その行動が吉となった。
「宮原、あったぞ」
「ありがと」
真也から真っ白なタオルを受け取り、すぐさまそれを青葉の傷口に当て、止血を始める。
「……ねえ……私、もうすぐ死ぬんだから……放っておいていいよ……!タオル、汚れるよ……?」
青葉が弱々しくそう言った。
「何言ってるの。そんなこと言わないでよ。私が何とかするから!」
そう言ったものの、実際は青葉の言ったとおり、青葉が助からないという事実を受け止めるしかなかった。だが、意識を失ってもおかしくないほどの出血をしながらも必死に生き続けている青葉を見捨てることが出来なかった。死ぬと分かっていても、諦めたくなかった。
「……」
青葉は口数が減り、今にも目を閉じてしまいそうだった。
「青葉ちゃん……! しっかりして」
沙智の目にうっすらと涙が浮かぶ。
「うん……」
青葉はゆっくりとうなずいた。
「青葉ちゃん……これ、誰にやられたの?」
沙智が聞いた。これほどまでに青葉を傷つけた沙智にとって許しがたい人物、それを青葉が死ぬ前に聞いておく必要があると気がついた。もしも沙智の親友の誰かだったらそれこそ警戒が必要だ。とにかく、クラスメートの誰がゲームに乗ったのかを知っておく必要はあるはずだ。
「……私を……撃った人ね……」
沙智の言葉にうっすら反応を見せた青葉が口を開いた。
「うん、撃った人って……誰なの?」
続きを話すよう言葉を補う。

「声が、聞こえたの……私を撃ったのは……向井……彩音」

青葉ははっきり言った。
“向井彩音”と。
沙智が思っていたことが現実に起きてしまった。
教室で話したとき、彩音の冷静さに恐怖を覚え、ゲ―ムに乗ってしまうのではないかという予感が頭の中を駆け巡ったのを今でも覚えている。
予感は、的中していた。
実際にこうして被害を受けた青葉がここにいるのが何よりの証拠だった。暗闇の中、青葉が一瞬だけ見たという少女。本人がいうのだから間違いないなく彩音が青葉を殺そうとしたのだろう。
殺そうとしたのではない。殺すつもりだったのだ。
彩音は“殺人未遂”で終わらせようとしたのではなく“殺人”を青葉に仕掛けたのだろう。助かる程度に傷つけるのではなく、絶対に死ぬように相手を傷つける。
彩音のその行動はすぐに予想できた。あれほどの知識を持ち、支給武器が銃器類となれば、彩音は怖いもの無しだ。
彩音は多分、たまたま見つけた青葉を容赦なく打ってきたのだろう。よけることもできない青葉は銃弾の獲物となった。
「……宮原、どうしたんだよ! おい!」
真也の声にはっと我に返ると、先ほどより衰弱している青葉が目に入った。
どうやら青葉の一言で瞬間的に思考にのめりこんでしまったようだ。
「青葉ちゃん、本当に向井さんにやられたのね?」
青葉はゆっくりとうなずいた。
青葉の息は荒くなり、顔からは血の気が引いている。地面には膨大な量の鮮血が流れ、土がそれを吸い取り、そこだけ水分量が多くなっている。
「……沙智、針城……君……?」
「何、青葉ちゃん」
「私を……助からないって知ってるのに……助けようとしてくれて……私、本当に嬉しかった」
青葉は泣きそうな目で言った。
「な、何言ってるの……? 私そんなこと思ってなんか……」
青葉はふう、と息をつき、目を閉じた。
「分かってたよ。沙智は……いっつも相手優先だもの。自分のことなんて……後回し。相手相手って、ず―っとそうしてきたじゃない」
沙智の目を見て、言った。
「私、最後に……人の優しさに触れられて良かったよ。殺される……だけじゃあ未練残るじゃない……だから……良かった――」
青葉がひとつ、深呼吸した。
息が止まり、青葉の体は少しも動かなくなった。
「青葉……ちゃん……?」
沙智が声をかける。だが、その沙智の声さえも、青葉にはもう聞こえることはない。
涙が溢れ出した。
「何で……青葉ちゃんが……」
沙智は動かなくなった青葉の体に顔を伏せて泣き出した。
「宮原……お前がさ、死ぬって分かってたのに頑張ってるから、それに応えて黒土も頑張ったんだよ」
「でも……私、青葉ちゃんを助けられなかった……」
「……お前の力だけじゃ、黒土の命を背負うには荷が重すぎたんだよ。黒土はお前が自分を助けられなかったことを怒ってなんかないと思うぜ? むしろ、感謝するくらいだろ。お前はそれくらい頑張ってた。黒土が死ぬまで絶対に諦めの表情を見せたりしなかった……それだけで、良かったんだよ。お前は精一杯のことをやった」
真也が言葉をかけても、沙智は泣き続けていた。
真也の言うことは分かっていた。だが、それでも友人の死は沙智には衝撃が大きすぎた。
自分の力が弱かった。そのために、青葉が死んでしまった。
真也の言うとおりだとしても、沙智の中で罪悪感が消えることはなかった。



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