lost 11 闇夜の来訪者 5

沙智が落ち着くと、真也が自らのデイパックから出したもう一枚のタオルを沙智に差し出した。
「……ありがと」
沙智がまだ少し涙声でそう言い、タオルを受け取った。
「宮原、そろそろ移動しよう。黒土の近くにいたら思い出しちまうだろ? それにさ、夜明けまでにはこの林を抜けたほうがいいと思うんだ」
「……うん。じゃあ、行こう。私はもう大丈夫だから」
「本当に大丈夫か?」
「……うん」
真也が沙智の了承を得ると、隅に置いておいたデイパックを差し出した。
沙智はデイパックを受け取ると、青葉のそばにある茂みに咲いていた花を青葉の胸の上に置き、真也と共にその場を立ち去った。
本当は沙智が無理していることくらい真也には分かっていた。だが、無理に頑張ってくれているのだから、普通に振舞ったほうがいいだろう。真也の感情表現力では逆にまた沙智を泣かせてしまう。
「……じゃあ、行くか」
2人は再び林の中を歩き始めた。先ほどとは違い、今度は真也が先頭を切っていた。
雑草が多い茂る山道は、慣れていない者にとっては非常に歩きにくい。慣れている者でも用心していないとうっかり雑草に足をとられてしまう。
「宮原、大丈夫か?」
「うん。まだまだ余裕だよ」
真也は時々沙智を気遣い、言葉をかけてくれたが、沙智から見たら真也のほうが疲れているように見えた。多分、本当は沙智以上に疲れているのだろう。
疲れきった真也の足取りは、出発した頃から比べるとかなり速度を落としていた。時々コンパスと地図で方角と現在の居場所を確認しては、自分たちが歩いた距離はかなり少ないことにため息を吐く。
「……なあ、この辺で休まないか? ちょっと聞きたいこともあるしな」
「……うん、いいよ」
2人はデイパックを置くと、その場に座った。
真也はかなり疲れている表情をしていた。沙智のために無理をしていたのだろう。そのことは沙智もすぐに気づいた。だが、真也は隠しているつもりなのだろうから、あえて言わない。
「あのさ、向井って……ゲ―ムに乗っちまったんだろ?」
真也が突然口を開いた。
「うん」
「だってさ、宮原、さっき黒土が向井彩音って言ったとき驚いてただろ? 何か知ってるのか?」
やはり沙智の思考は真也に読み取られていた。先ほどのほんの些細な行動にも真也は気がついていたらしい。
「うん。私、プログラムが始まる前に教室で向井さんと話したの。口頭からしてゲ―ムに乗っちゃいそうな感じがしてた」
「分かるのか? そんなこと」
真也は聞いてきた。確かに真也から見ればクラスから浮いている存在の彩音とちょっと話しただけで理解できるとは思うはずもない。
だが、沙智は真也が考えているものとは違う形で彩音を理解している。
「うん。向井さん、プログラムの知識がすっごく多かったの。私たちが知らないようなことまで知っててね、藤嶺が入ってくる前から藤嶺みたいな担当教官が来ることとか首輪のことも教えてくれたの。本当に凄かった。私、だんだん向井さんがゲ―ムに乗っちゃうんじゃないか、って考え出したの。
今まで一緒にやってきたクラスメ―トなんだからそんな考え持っちゃいけないはずなんだけど、話しているときの向井さん、本気っぽくて……」
沙智が言葉を切った。
「なるほどな。確かにアイツは得体の知れない雰囲気を持っている。声もほとんど聞いたことないしな。それにしても、本当に乗るなんて思ってなかったぜ。
それにしてもプログラムの知識か。知っているだけで有利だろうな。ゲ―ムそのものを知ってたって詳しい部分は誰も知らないだろ? しかもさ、武器が銃だなんてまるで誰かが仕組んだみたいじゃねえか? 誰かが向井の優勝を狙ってデイパックを渡したみたいにさ」
真也の言うとおりだった。
彩音はプログラムの知識があるだけ他のクラスメートより有利なのは確実だ。それだけではなく支給武器がマシンガンとなったら彩音の強運を不思議に思うのも無理はない。
「うん。向井さん優勝するんじゃないかな……? 拳銃相手に勝てる人なんているわけないし、現にもう犠牲者だって出てるもの。多分……みんなあの人には勝てないよ……」
沙智は悲しそうにうつむいた。
「そうだな。でもさ、向井だって戦闘能力に優れているわけじゃないんだろ? 武器さえ取り上げちゃえば宮原のほうが案外戦闘能力は上だったりしそうだけどな。加島倒したくらいだし、宮原だって強いんじゃね―のか?」
真也が言った。だが、彩音のことに関しては沙智も真也もよく分かってはいないため、断定は出来ない。
「どうなんだろう? 向井さんの戦闘能力は分からないけど、始まったばかりなのに銃を使いこなしているくらいだから結構強いと思うの。私もトンファ―なら使えるけど、流石に拳銃とかはあんまり使えないんだ」
情報がほとんどない彩音のことなので、もしかしたら体術も凄いのかもしれないという可能性をどうしても捨てきれない。沙智以上の身体能力を持っているというのは珍しいが、彩音ならそれくらいの能力を持っていてもおかしくない。
「なあ、宮原。夜が明けたら、みんなを見つけるんだろ? どうせなら見方になってくれそうな人も探そうぜ。仲間が多いほうが心強いだろ?」
「うん。とりあえずは信用できる人からだよね。私の友達は信用できると思うの。あと、男子なら……とりあえず二宮君は信用できるよね」
「そうだな。あと、海斗も信用できるぜ。アイツはいろんなグル―プのやつらと仲いいから信用性は高いしな」
一瞬だが、今がプログラム中ということを忘れかけた。真也との会話が妙に普通らしかったからだ。
お互いが、クラスメ―トについて語り合っている場。
でもそれは、“敵”と“味方”を分ける、考え方を変えれば差別的な会話。
それでもいい。この平和な時間がずっと続けばいいと沙智は願った。
クラスメ―トの殺し合いが続く中、このひと時だけは平和でいられた。教室に連れて来られてから今まで一瞬でも元の生活感を感じたことなどない。第一、こんな夜中に野外で歩き回っている時点で普通ではない。それでも、真也と会ってからは少しだけ安心感を感じることができた。
「真也君。私たち、生き残れるよね……?」
沙智がぽつりと言った。
「死を考えたら人間終わりだろ? 最後の最後までは諦めないほうがいい。そのほうが、生きていた実感を持って死ねるはずだからさ。宮原なら生き残れるだろ。そこらの男子よりはたくましいからな」
真也は皮肉まじりの笑顔で言った。
「な……そんなことないよ。失礼ね!」
本当に失礼だとは思っていなかったが、この状況の中でも沙智を気遣って冗談を言える真也は凄いと思った。普段、クラス全体から信用を受けている真也は誰にでも優しく接せる。多分、先ほども冗談という形で沙智を励ましたのだろう。
「でもさ、俺……宮原には死んでほしくないんだよな」
小さくつぶやいた真也の言葉に、沙智は一瞬疑問を持った。
「……え?」
「だってさ、宮原って一生懸命生きてるじゃん。他のみんなもさ、一人一人形は違うけど一生懸命生きてるからさ、その形を壊したくないんだよ」
言っている真也の顔が少しだけ辛そうな、希望を持った顔だった。
「……そうだね。だから私たちはみんなを探しにいくんだよ。せめてお互いが生きていた証を覚えておいてあげないとね」
「ああ……宮原、もう寝ていいぞ。俺眠くないからさ」
「あ、……うん。じゃあ、1時間経ったら起こしてくれない?」
先ほどと何も変わらない会話。だが、今度こそ安心して眠れそうだった。
本当は真也のほうが沙智の何倍も疲れているはずだ。だが、沙智は素直に真也の言うことを聞いた。真也が無理してまで気遣いをしてくれたのだから、素直に受け取ったほうがいいだろう。
沙智が後ろの木に背中を預けると、ゆっくりと眠りについた。
プログラムが始まる前にあれだけ眠ったはずなのに、体はあっさりと休息を始める。幾度にも重なったクラスメ―トとの対戦により、沙智の肉体も精神も、気づかないうちに相当疲労がたまっていたのだろう。
無防備に眠る沙智の横で真也が時計を持って何をするでもなくただ沙智を見ていた。
「……寝顔は見られたくないんじゃねーのかよ?」
そう言って1人で笑っていた。
「……ん……ごめんね……迷惑、かけて」
沙智が途切れ途切れにそう言った。
「え? 宮原起きてたのかよ……!」
その言動に、真也は驚き、焦った。
先ほどの言葉を聞かれたら沙智は機嫌を悪くするかもしれない可能性もあり、寝顔を見られるのが嫌だと言う理由から真也を無理矢理寝付かせる可能性もあったからだ。だが、真也が言葉を返しても沙智は有無を言わないため、すぐに寝言だと分かった。それが分かると真也は安堵し、また時計を見ながら1時間の平和なときを過ごした。
沙智が眠っている最中、この平和に思える状況下でもプログラムは確実に進んでいた。
そして、向井彩音がゲームに乗ったという消えることのない事実は沙智と真也の心に深く刻まれた。



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