lost 12 魔王の降り立つ時

人気のない暗闇に包まれた林の中、先ほどまではこの場にも人はいたのだが、一人の襲撃者によりこの場にいた者たちは全員立ち去ってしまっていた。
その襲撃者――加島強(男子3番)によって、宮原沙智(女子17番)と針城真也(男子11番)は林の奥のほうへと逃げていってしまった。さらに、沙智を襲ったが逆に攻撃を受けたダメ―ジで意識を失ってしまい、せっかくのチャンスを逃し、まんまと獲物を逃がしてしまった。
あれほどのチャンスを逃し、さらに自らが痛手を負ってしまうなど信じられないほどの不覚。上手くいけば2人とも殺すことも可能であり、元はクラスメ―ト、今は敵としての存在を減らすためのいいチャンスだったはずである。不覚という言葉では言い表せないほど、強は悔しい思いをした。
結局最後は苦痛にまみれ、武器も命も奪えずに何一つ得ることなく、宮原沙智に勝利を与えてしまったのだ。平凡な女子だと思って油断したのが、完全敗北の理由だろう。
その強はまだ、意識が戻らない。
相当衝撃が強かったのか、一見死んでいるように見えるくらいに強の精神は意識の底に沈んでしまっている。この暗闇の中、人が通れば気づかずに踏まれてしまいそうな場所に強は倒れている。その場には強が落としたナイフと、デイパックが1つ落ちている。
強の支給武器はナイフだった。
沙智と出会ったとき、自分の武器よりも弱いトンファーが武器だった沙智を襲ったが、強が知らない沙智の能力――武術能力でトンファーを使いこなした沙智はあっという間に強を追い詰めた。沙智も一度は殺されかけたものの、冷静な対応で強を圧倒し、結果、強の後頭部をトンファーで打撃し、気絶させた。その後のことは、当然のように強の頭には残っていない。
強にとって、自らの敗北などありえないことだった。
沙智を襲ったのはクラスメートを殺すのに慣れておくためだ。女なら目をつぶっても勝てると思うくらいの自信があった。だからこそ沙智に敗北したのは不覚だったし、屈辱だった。クラスの中で教師に出すら完全に恐れられているクラス1の不良である強が、何のとりえもない沙智に負けたことなど絶対に知られてはいけないことだろう。
「っ……!」
そんな強はしばらくの気絶の後、少しずつ意識の覚醒を始めた。
徐々に体温が上がり、後頭部の痛みもよみがえってくる。目が慣れないため、なかなか立ち上がって動くことが出来ない。
記憶もようやくよみがえり、人生で1番の屈辱の経験も思い出された。
「って……あの女ぁ……!」
後頭部を抑えながら、強が上半身だけを起こした。筋肉痛に似た痛みが、腹や後頭部を襲う。沙智が残していった痛みはこれから邪魔な荷物になるだろう。
「ちくしょお……! あいつ、女だと思って油断した……」
強は悔しさを思う。
さらにこの暗闇の中、先ほど沙智が懐中電灯を持っていってしまったため、強の手元には光源が何一つなくなってしまい、この林を容易に動くことが困難になってしまった。
あの時――薄れゆく意識の中、強の目の前に落ちていた懐中電灯を沙智が拾い上げ、持っていったのを見た。何の迷いもなく沙智が懐中電灯を持っていってしまったその光景を、強の体は痛手を受けたために止めることが出来ず、ただ見送っていた。
――仕方ねえ、このままここを出るしかねえか……
強は思った。この林の中では林の外に比べてかなり明るさに差があるだろう。外に出て住宅街にでも行けばまだ光源はあるはずだ。それに、運がよければ何か武器を調達できる可能性もある。誰かが隠れていても、今回のように強いものばかりではないはずだ。
強はデイパックを暗闇の中から探し当て、デイパック以上に必要とされるナイフを探し始めた。
だが、デイパックと違い面積が小さいナイフはなかなか見つからない。先ほどの倒れたときにどこかへ吹っ飛ばしてしまったのだろうか。強は地面に這い蹲るような体制でナイフを探す。自分の唯一の支給武器だ。このまま見捨てるわけにはいかない。誰かを襲うときも新しい武器を誰かから調達するにも何かしら武器は必要になってくる。女子なら多少の暴力を受ければ易々と武器を渡す可能性も考えられるが、大半は家屋などの建物に隠れるだろうと考えられるため、この林の中で出会うのは男のほうが確率が高い。
……強は、なかなか姿を現さないナイフに強は苛立ちを感じ始める。
「どこ行ったんだ……? ナイフまで宮原が持って行ってるなんて事はねえよな……?」
手を地面に当て必死に探し続けるが、やはり見つからない。
地面は相変わらず土の感触を強の手に伝えてくるだけで、固い金属の感触は一瞬たりとも手に触れない。
「持ってったのかよ……最悪……」
強がぶつぶつと独り言を言いながらも、直径3メートルほどの場所を念入りに探し続けた。もう少しで1週しようとしたその時、強が探し続けたナイフの感触が手に伝わってきた。
「――あった!」
強に安堵の表情が見えた。沙智は、ナイフまでは持っていっていなかったのだ。
「……良かった。これねえとやべぇからな」
強はナイフをポケットにしまうと、今度はデイパックがあった位置に戻り、デイパックを拾い上げた。
一息つき、地図とコンパスを持って歩き始める。細かい地図を見るのは苦手だが、禁止エリアに自分から入ったのでは自業自得だ。月明かりでうっすらとしか見えない地図を見ると、強は学校からだいぶ離れていた。
目的は、ただひとつ。
獲物と――獲物が所有している武器を見つけるためだ。
強はなんとしてでも銃を手に入れたかった。生き残るためには瞬間的に相手を殺傷できる拳銃が必要になる。ナイフでも人を殺せないわけではないが、銃と比べると明らかに戦闘時に不利な状況に持ち込まれてしまう。このゲームで生き残るという目標を掲げた強の前に、銃は必要不可欠になる。
だから、人を殺す。殺せばそれと引き換えに手に入るものがある。
強は暗闇の中、光源がない状況でも普段と変わらない速さで堂々と歩いていた。
クラスメ―トを恐れることなどない。普段の生活から見て、この状況下で強を見ればほとんどのクラスメ―トは逃げ出すに決まっている。近寄ってくると考えられるのは、不良仲間として強と同様にクラスから恐れられている三田健太(男子16番)くらいだろう。だが、今の状況では健太ですら獲物の的にしようと考えているため、強の仲間になるものなどいないに等しかった。
強の姿を前にして逃げ出さないのはよほどの恐怖で腰を抜かして動けなくなる者、あるいは絶対に勝つ自信をもっている者のどちらかだろう。どちらかと言うと前者が多いのだろうが。
静かな夜闇の中、強は歩き続ける。
歩きながらも、強は誤って学校へと戻らないよう注意しながら歩いた。頭の悪い強でも、これだけは気をつけていることだった。
誤って学校へ行ってしまうと、自らの首に巻きついている忌まわしき首輪が爆発してしまう。
これが本物だということは教室で桃井凛(女子21番)が命と引き換えに実演させられたが、強はそれよりも前に教室を出て行ってしまったため、首輪の効果がどれほどのものなのかをまだ知らない。だからこそ警戒が必要だ。
爆発の規模がどのくらいなのかが分からない以上この首輪を爆発させるわけにはいかない。どんなに規模が小さいとはいえ、首の皮が破け、血が噴出すことくらい容易に想像がついていた。
強は一度、自分に巻かれている首輪に触れた。
ひやりと冷たい感触が手に伝わり、熱を持っていた肌が首輪によって冷やされる。
――この首輪が、俺の命を脅かしてるのか……
そう考えると、こんな小さなものでも恐ろしく感じた。
プログラムはすべてこの首輪ひとつで生徒の生存状況から現在位置までを把握している。生徒たちはこれのせいで自由な行動をとることが出来ない。
そう考えつくと、たいていの人間の大半はこう考える。
この首輪さえなければ、この地獄のゲ―ムからも逃げられるのではないか、と。
首輪を取ってしまえば禁止エリアを心配して歩く必要もないし、誰かに襲われたら禁止エリアに逃げ込めば相手は入ってこれない。
そう考えると首輪1つでこのゲ―ムは状況が天と地の差がついてしまう。首輪は政府にとって重要な切り札なのだろう。
だが、ひとつ問題が残る。
首輪をはずすことが出来る技術を持ったものがいないのだ。
強は最初、首輪をはずすことを考えた。正直、こんなものが巻きついていたら邪魔だし、爆発物を常に持っているなんて冗談じゃない。だが、無理にはずせば爆発し、自業自得で自らの人生にピリオドを打たなければならなくなる。だったら、クラスメ―トを倒すほうが首輪の構造を考えて解体するよりずっと簡単なのではないかと考えた。強は頭がいいと言うわけでもなく、不良という肩書きどおり、小学校の頃から頭脳に関しては中の下のさらに下と言ったところであり、首輪を解体して構造を知り、自分の首輪を外すことなど出来るはずがなかった。
結果的に、強が生き残るにはクラスメ―ト全員を殺す以外に方法しかなかったのだ。
そうして、強は自分以外のクラスメ―ト47人を殺して頂点にち、人生を保障されながらこの先を楽に生きることを考えたのだ。
思考に沈みながら歩き続けると、突如目の前が開けた。
密集した木々は姿を消して、かわりに月明かりの届く畑へと差し掛かった。
林とは違い、ここでは強の姿は月明かりに照らされてだいぶ見える。ここにいつまでもいたらクラスメ―トに出会いかねない。普通の生徒ならばこの畑は急いで抜けなければいけない場所だろう。だが、強は“普通”ではない。クラスメ―トを探している身なのだから、この畑を堂々と歩いていても平気なのだ。
クラスメ―トが現れないかと期待をしつつ畑を歩く。
以前は野菜などを栽培していたらしい畑はすでに荒れつくしており、強が踏み歩いても何一つ問題がなく、雑草の類の小さな命を踏み荒らしながら堂々と畑を歩いた。
だが、期待とは裏切られやすいものだ。誰も現れないままあっけなく畑を抜けてしまい、強は舌打ちをした。
「んだよ。誰もいねえのか」
強は一言つぶやいた。
期待を裏切られて残念に思いつつも、強は次に畑の向こうにある住宅街へ向かうことにした。広い住宅街になら1人くらいクラスメートがいてもおかしくない。隠れる場所や、場合によっては武器になり得るものも存在するかもしれない。
……しかし、残念ながら住宅街までの道のりにも人は一人もいなかった。自分はどこまでクラスメ―トと縁がないのだろう、と少し思ったが、強は自身の意思に従い、素直に歩き続けた。
別に縁がないのは自分のせいではない。出会えないなら、会いに行けばいい。
強は足を速めて住宅街へ入ると、あたりを見回しながら進んだ。
半年間放っておいただけあってほとんどの家屋は荒れ放題だった。雑草は伸び、家はぼろぼろになってしまっている。本当にこんなところに人が隠れているのだろうか? と少し疑問に思い始める。
家屋からは人の気配は感じられず、人が通った形跡がある家も見つからない。
「誰もいね―な」
強は悔しそうな表情を浮かべる。
住宅街は延々と続き、闇の中に家屋が浮かび上がって不気味さを思わせる。だが、強には“恐怖”というものは全く通じない。クラスメ―トを殺す願望を持った強に恐怖など感じられるはずがない。どちらかというと、今の強は逆に恐怖を感じさせる側の人間だ。
根気強く家屋の近くにいそうな人物を探しているが、やはりいないものはいない。
流石にそろそろ家屋に侵入して探したほうがいいのではないか、と思い始めた。外でうろうろとしている人間の数よりも、家屋やちょうど良い場所を見つけてその場で過ごす人間のほうが多いだろう。
強は、誰かが侵入しそうな家屋を探し始める。
「?」
……ふと、強は“それ”に気づいた。そして、それに気づいた強の顔には殺気立った笑みがこぼれていた。



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