lost 13 魔王の降り立つ時 2

強が歩いていた家屋の近く、その家屋の2階の窓――そこに人影がすっと通った気がしたのだ。気のせいかもしれないが、本能はそこに人がいると教えている。
気のせいだったらそれでいい。暇つぶし気分で強は家屋へ向かった。
家屋を一周して、侵入が可能な場所を探す。当然ながらどこも閉め切られており、突き破って入り口を開けるしか方法はないようだった。
誰もいない場所なのだからどこから入ってもいいはずだが、中にいる人間に気づかれては意味がない。
強は偶然鍵がかけ忘れられていた窓を見つけ、そこから中に入った。
庭を歩いていて雑草が足に絡みついてきたが、そんなものは気にしていられない。無理矢理家の中まで引きずり込むと、雑草は音を立てて引きちぎれた。ちぎれた草が、幾つか部屋の中に落ちている。
家の中は家具が少々あるものの、人が生活しているということは感じられない殺風景な部屋だった。ほこりが床一面にうっすらとかかっていて、その中にほこりが人が歩いた後と思われる足跡のようなものが廊下のほうへ点々としていた。新しいほこりがかぶっていないことを考えると、まだその足跡は新しい。
「――誰か来たのか……」
ここで強は、ようやく捜し求めていた“獲物”がいることを確信した。
ここには、人がいる。
強が捜し求めていた獲物が、この家にいる。
強はゆっくりと足跡の続くほうへ歩いていく。強が歩いた後には、もう1人分の足跡が新しく完成した。学校の廊下ほどきしみは凄いわけではないが、それでも強の体重の分、多少のきしみは生じた。
家の中を移動するだけでずいぶん時間を要した気がする。だが、獲物を確実に捕らえるにはこうするしかない。
足跡を追い続けて、数分。
強はふと、立ち止まった。
足跡が、急に方向を変えていた。真っ直ぐに進んでいた足跡は、突如方向を変えて階段へと場所を移していた。
「逃げ場がねえところに隠れたな」
ついている、と思いながら、上階へと続く階段を見上げた。この上のどこかに捜し求めたものがいる。強の中に期待が膨れ上がった。
無意識のうちに、階段を上り始めていた。
きしみを立てようが、ここまで来てしまえば相手に逃げ場はない。窓から逃げるという手段は残されているが、飛び降りれば足が折れるか、最悪重症を負ってその場から動けなくなる可能性がある。それくらい、小学生でも分かることだ。
窓からの脱出を諦めた場合、逃げ道は今強がいる階段しかない。
相手はまだ強の存在に気づいてはいないだろう。ならば、相手が逃げるという心配をする必要はない。
階段を上りきり、強は一度デイパックを置いた。
もしも相手がゲ―ムに乗った人物なら戦いを強いられる。その時には、宮原沙智と戦ったときのような敗北は絶対に許されない。ゲームに乗った人物が気絶した自分を放っておくはずがない。相手が無抵抗なときに殺しておくのが賢いやり方だ。家の中にいる相手が女子ならば、簡単に事を終えることが出来る。
中に人がいるとはいえ、この家も相当広いものだ。2階にも部屋数は4つあり、どこにいるのかは全く予想がつけられない。1つ1つ探していくしかないようだが、強としては手っ取り早く探し出したいものだ。だが、そんな都合の良い願望は叶うはずがなく、強はしぶしぶ1つずつ部屋を探索し始めた。
普通、このような場合1番奥の部屋か隅にある部屋に隠れるのが一般的だ。だが、1番奥の部屋を探索している間に手前に隠れていた獲物が逃げる可能性もある。強はそれに気づくはずもなく、どうせどこかに潜んでいるならどこから探しても一緒だ、と強の単純構造な頭はそう考えた。
1番手前の部屋からドアノブを回し、部屋に侵入する。
ドアが軋む小さな音を立て、ドアを慎重に開ける。同時にナイフを構えたが、強は中を見た瞬間に表情を歪ませた。
「ちくしょう。ハズした……」
部屋は空だった。人どころか、人が侵入した気配すら感じられない。完全にはずれだった。強は悔しそうな顔をし、部屋を出る。
1メートルもない距離を歩き、次の部屋の前に立つ。強の歩いた後ろには、べたべたといくつもついた足跡の上に真新しい足跡を作った。
「次こそ――」
ドアノブを回して次の部屋に入る。
ナイフを握る手に、自然と力が入っていた。
「!」
強の表情が変わった。
部屋が、明らかにおかしかった。
人がいないはずの部屋――なのに、誰かにあさられたような形跡があった。
たんすの中や机など、あらゆる箇所が引っ掻き回されていた。きっと、武器になるものや着替えなどを探したのだろう。子供用の小さな服が、床に落ちている。
強にようやく確信が生まれた。
誰かいる。誰かが、この2階に隠れている。
3つ目の部屋。残りの部屋はあと2つなのだから、ここに半分の確率で誰かが潜んでいることになる。
強は興奮していた。
あと少しで、人を殺して武器が手に入る。そう思うと興奮せずにはいられない。
ナイフを強く握り締め、慎重にドアノブを回すと部屋に入った。1歩足を踏み出した強は目を見開いた。
――瞬間、乾いた音と同時に火花が目の前を散った。
強には一瞬何が起こったのか分からなかった。人がいたことさえも確認する前に、謎の火花で視界が覆われたのだ。反射的に目を瞑ってしまったために、何が起こったのか全く分からない。
ただ、火花が散り終えた後、強の肩には穴が開いていた。
一拍遅れて血が傷口からあふれ出した。
「……っ!」
肩から激痛と共にとめどなくあふれる血を、反射的に手で押さえた。手で押さえつけて痛みを止めようとするが、逆に痛みが走った。
手はすぐに血で濡れてしまい、指の隙間からは鮮血が零れ落ちる。
「誰だ!」
強は部屋を見回した。
一見して誰もいないように見えるその部屋――だが、部屋の床には、強が見下すような形で目立海斗(男子18番)が銃の衝撃に耐え切れずにしりもちをついた状態で強とは対照的に、強を見上げていた。その表情からは怯えも伝わってくる。普段は運動神経抜群度を周りに披露している男だが、この状況下では海斗も情けなくも見えてきた。
「目立、てめえ……何すんだよ!」
苦痛に歪んだ表情で怒鳴りつける。
「お、お前がいきなり入ってくるからただ撃っただけじゃねえか」
海斗は明らかに動揺していた。だが、言語力は正確に働いているらしく、強を撃ったことに言い訳をつけてきた。手には銃が握られ、銃口はまだか細い煙を上げていた。
強の肩からは血が流れ続けているが、止血の役割を果たしている手を傷口から離し、そのままナイフを構えた。今は肩をかばっている場合ではない。
海斗を殺すまでは、この肩の治療はお預けだ。殺したあとにゆっくりと治療をすればいい。
「お前……ただで済むと思うなよ……?」
強がそう言ってナイフを先頭にし、海斗に向かってきた。
海斗は殺意を感じ、恐怖に陥る。
「や、やめろ……!」
反射的に銃を強に向けて2発、3発と弾を発射した。
海斗の腕には撃ったときの衝撃が走り、何度かびくん、とゆれる。動揺しきった素人の海斗が銃を使いこなせるはずもなく、弾は強の体をかすった程度で命中するまでに至らなかった。
強がナイフを頭より高く掲げた。次の行動は、考えなくても予想がついた。
「うわあああああ!」
海斗が恐怖の声を上げた。
強は迷いなく海斗に向かってナイフを振り下ろしてきた。ナイフが頭に迫っている。
反射的に、海斗は銃の引き金を引いた。
乾いた音が一つ、両者の耳を貫いた。
強がナイフを振り下ろす速度よりも、弾が空気中を走る速さのほうが明らかに速かった。絶体絶命の状況に陥り、瞬間的に自己防衛本能が働いたのだろうか。弾は、運良く強の頭に命中した。
瞬間――強は目を見開き、目の前の目標を失う。
強の体から力が抜け、海斗の上に倒れこんできた。制服の表面に強の血がにじむ。
海斗は強を見ていた。一拍遅く、強が死んでいることを認識した。
「――俺が……やったのかよ……?」
一瞬にして強の命を奪った海斗だったが、等の本人は全く状況が理解できていない。
強の頭を見ると鮮血が流れ出し、それを海斗の制服が吸って、赤く染まっている。
その血を見て、ようやく海斗は自分が強を殺したことを理解した。
「まじかよ、俺……加島を倒した。あの加島を……」
理解した瞬間、言い表せない快感に似た感情があふれ出した。クラス1の不良で、喧嘩っ早い強を、運動しか出来ない自分が倒した。
――こんな不良を倒せるなら、俺は誰にでも勝てるんじゃないか……? 生き残れるんじゃないか……?
瞬間的に、そんな思いが走った。
そうだ。俺は生き残る。このゲ―ムに乗って、みんなを殺す。
海斗に、欲望を含んだ感情が生まれた。
加島強という悪魔を倒し、海斗は隠れていた自分の本性をあらわにした。
隠れていた、本当の性格。
生まれてから今まで、誰も気づかなかった。本人さえも、その自分の能力と殺人鬼としての才能を持っていることに、気づいてはいなかった。
だが、今の出来事により、海斗はすべての欲望を解放した。――俺は、クラスメ―トを殺す。そして、俺が頂点に立つ。
海斗はそう誓った。
そして、海斗は加島強を殺した快感と、死に際の強の無様さにあざ笑っていた。笑い声だけが部屋のすべての音を支配する。
こうして悪魔を超えた魔王、目立海斗はゲ―ムに乗り、この島に散らばっているすべてのクラスメ―トを殺すことを決意した。
強は海斗を殺すつもりだったのが、逆に海斗を殺人鬼にしてしまう手助けをしたに過ぎなかった。



【男子3番 加島強 死亡】



残り46人



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