私はゲームに乗る。そして、生き残ってやるんだ。
教室にいたとき、私はそう誓った。修学旅行へ行く途中、プログラムに選ばれた私のクラスはバスごと拉致。バスの運転手も政府の役人が変装した人物であり、すべてが上手くいき、横浜市立桜木第3中学3年C組はプログラムへの参加を強制された。
教室で宮原沙智(女子17番)と江入可(女子2番)と話したとき、席が近くなったのも何かの縁だと考えた私はプログラムについて少しばかり知識を分けてやった。2人ともおとなしく話を聞いてくれたため、私は少しばかりゲ―ムに乗る意志を見せたりもした。
プログラム参加の事実を突きつけられると、クラスの大半は絶望の底へ落とされ、私はゲ―ムに乗る決意をし、あるものは発狂して泣き喚き、担当教官藤嶺によって死をもって処罰が下された。
この年齢で殺し合いを受けて立つというのはよほどの異常者と見られがちだが、すべては私のため。父に教えてもらった知識と、私が学んできた武術、体術。誰にも負けるはずがないという自信からの行動だ。
神はそのことを私に教えているかのように、支給武器としては大当たりである銃――多分マシンガンだと思うが――を私にくれた。
これほどの戦闘能力を持って、私はもうすでに1つ、学校を出たすぐ前の林の中で命を奪った。
このマシンガンの威力を確認した。そして、思う。
優勝できる、と。
恐ろしいほどに歪んだ思考。妖艶な笑みを浮かべた少女、向井彩音(女子18番)は、住宅街の一角で1つの家を占領して優雅な時をすごしていた。そのさらに1つの部屋、その部屋を自室として、荷物整理や家の詮索をして得た収集物を置いておいた。マシンガンも、布団がしかれていないベッドの上においてある。
もともと銃器類の知識など欠片もない彩音にとって、マシンガンの名前など予想もつかない。最初に見たときも、デイパックに入っていたものを引っ張り出し、マシンガンの名称が書いてあったであろう説明書を懐中電灯で照らしながら使い方だけを流し読みし、弾の追加方法などを認知した後、あの広い林の中に放り投げてしまった。今更名前を確認するためには、あの広い林の中を探さなくてはならない。
そしてマシンガンを手にした後――つい30分ほど前だろうか。彩音と同じく林をさまよっていた黒土青葉(女子6番)をマシンガンで乱れ撃ちにして殺し、林を抜けて休憩できそうなところを探して住宅街をさまよった。適当に歩き回っていて、適当に見つけた家に入り、今に至る。勘で入った家だったが、意外と家具などの生活道具が残されており、休憩所としては十分な場所だった。
ここに来るまで誰にも会わなかったことは幸運だったが、それ以上に彩音は青葉を殺したという快感に酔いしれていた。
プログラムという未知のゲ―ムに強制的に参加させられたのに、日常以上に快感を感じられるなど思ってもいなかった。周りはこのゲ―ムを忌み嫌うが、実際に参加してみるとそうでもない。むしろ楽しいくらいだ。
彩音の父は、政府で仕事をしていた。
過去形なのは、父がもう政府に勤めていないことを表す。
父は、死んだのだ。
どちらかというと、政府に殺された、というほうが正しい。
彩音の父――向井光男は政府で勤めていたが、光男のパソコンに保存された政府の秘密をつづった膨大なデータが存在することに、政府の誰かが気がついて上司に報告したらしい。光男は急いでそのデ―タをコピ―し、削除した。政府は光男にデ―タを渡すように言ったが聞き入れず、翌日政府に殺された。デ―タのコピ―は見つからず、結局は父の犠牲で事件は終ってしまった。
彩音を含む家族には“仕事中の事故”と伝えられたが、光男が事故の起こる危険性のある仕事などしているはずがない。母も叔母も叔父も、そのことは暗黙の了解で分かっていた。だが、言えるはずがない。言ったら政府に殺される。幼いながらも私は父のこと、母たちの表情から父の事情を理解していたつもりだったのだ。当然、6歳児の頭では理解しきれない部分も多数あったのだが。
あの時――宮原沙智たちと話したときプログラムの情報は父から知ったと話した。だが、あれは父が残したノ―トパソコンをいじっていたときに見つけたものだ。本来なら父の受け売りの知識となるが、面倒くさいのでそのことはわざわざ言わなかった。あの時はクラスメ―トでも、外に出た今はお互い敵同士だ。その敵に、自分の情報を伝えるほど彩音は馬鹿ではなかった。
そのコピ―データには、政府の人間が万が一見つけても開けられないように父が工夫し、パスワ―ド入力制限がかかっていたが、直感で入れた文字により、簡単に開けられた。パスワ―ドが彩音の名前だったからだ。多分、家族には開けるようにと父が考えたのだろう。
中のファイルには160ペ―ジに渡って政府のことやプログラムのことがびっしりと書き込まれていた。
中学1年生になってちょうど1ヶ月経ったころそれを見つけ、3日ほどかけて読んだ。
幼少のころ疑問に思ったものの答えが、全部書いてあった。
プログラムの仕組みから始まったそれは、父の仕事の後に毎日つけていた日記だった。
その日記を一字一句見落とさずに読み、驚愕した。
日記が途切れる数ペ―ジ前。父が追い詰められるまでの経緯が書いてあり、日記が途切れる前日、家族に宛てた文章が書いてあった。
愛と彩音へ
私は政府に殺されます。政府を裏切った罰です。逃れることはできません。
この文章を見たら、誰かに見られる前にすぐに削除してください。
愛、彩音を頼みます。
向井光男
その翌日、父は殺された。
結局彩音がその事実を知ったのはそれから8年後で、そのファイルは見終わった瞬間に父の遺言どおり削除した。母には見せなかった。見せたらその場で泣き崩れることが目に見えている。
――父さんが死んで、もう8年か。
父の顔など欠片も覚えてもいない。幼かった頃の父の記憶は消えていく。写真などの顔を思い出す手がかりは母が悲しみを忘れるために祖母に捨てられてしまい、もう一度呼び戻す術がないため、記憶は消える一方だ。
この大東亜共和国を支配し、父が殺された政府。その政府が作ったゲ―ムに選ばれた私は、絶対に生き残る。父と同じ運命を辿るなど絶対に嫌だ。
知識はある。武器だってマシンガンのほかに先ほど奪った武器もある。彩音に勝てるものはクラスにどれくらいいるのだろうか。意外なところに彩音を上回る能力を持った誰かが潜んでいるのかもしれないが、マシンガンの壁を前に勝てるものなどいるはずがないと彩音は信じていた。まあ、それもこれも、全部仕組んだことなのだが。
――さて、そろそろかな。
彩音はすっと立ち上がった。
そして徐に窓を開け、外を覗き込んだ。
住宅街だからこそできるトラップ。闇にまぎれた電柱と電柱の間に張り巡らしたくもの糸。
黒土青葉の支給武器はピアノ線だった。本来なら捨ててしまう道具。だが、彩音はそれを電柱と電柱の間に張り巡らせ、獲物を待っていた。
普通の人間がトラップにかかれば一瞬にして首が切断されるだろう。暗闇にまぎれてここからではよく見えない。もともと透明で細い糸だ。そうとう注意しないと景色にまぎれてしまい、気づくことはできない。
万が一気づかれてその場に立ち止まられても、この場所から彩音のマシンガンで乱れ打ちするつもりだ。
要するに、どうあがいてもこの家の前を通ったものの末路は決まっているのだ。彩音の作戦は完璧で、忍者でもない限りこれを回避できるはずがない。
だが、そろそろ人が通りかかってもいい頃なのに、糸にかかった人物は誰一人としていない。
「何よ。このクラスって意外と用心深いわけ?」
眼下にあるトラップの状態を見て感想を述べる。
そもそも、こんな単純なトラップにかかっているようではこの先生きていけるわけがない。あれはただ遊び心から仕掛けたものだ。大したトラップではない。
「ま、いいかな。別に殺人ばっかしててもつまんないしね。とりあえず私が生き残ればいいんだし」
そう言って笑い、目の前のトラップを眺める。暗くてよく見えない。
懐中電灯で照らすと、糸が光を反射してよく見える。
雑にやったつもりだったのだが、遠くから見るとそんなに汚く張り巡らされているわけでもなく結構きれいにできている。我ながら上出来だった。思わず顔に笑みがこぼれる。
トラップにかかれば首だろうが腕だろうが簡単に切れてしまう。たるみ一つなくピアノ線を張ったので、ほとんどマシンガンを使う必要もなく負傷を与えられるに違いない。
だが、ここでずっとトラップにかかる獲物を待っているだけではつまらない。どうせなら自分で殺しを楽しみたいものだ。
「暇だし――……出かけようかな。無線機も持ったし、食料も平気……と」
彩音は必要なものだけを入れたデイパックの中身を再度確認した。そして、それを持つと家を出た。几帳面な彩音は、きちんと証拠を始末しておく。
家を出た後、トラップを仕掛けたほうとは反対方向に向かっていった。
住宅街に人気はなく、彩音は広い住宅街を一人で歩いていた。夜闇が周りを包み、さらに物体の気配をなくしているようにも思える。正直、その光景は不気味だ。
彩音はデイパックを肩にかけ、マシンガンと懐中電灯を持ちながら歩いた。
暗闇が怖いわけではないが、目の前が見えないのは彩音にとって都合が悪い。視力は両目とも良好だが、いくら視力が良いとはいえ、暗闇の中ではクラスメートが近づいて来た場合、視界が悪いと応戦が遅れてしまう。マシンガンが武器なのだから少しくらい応戦が遅れても余裕があるはずだが、相手の武器によっては自分の身に傷を負う可能性もある。生き残る目標を掲げた彩音に、敗北は許されない。
「あーあ、誰もいないな」
闇夜の中、人1人いない状況にため息が出る。
夏という季節は昼間はとてつもなく猛暑だが、夜は夜で昼間とは違う暑さがあり、一時期寒さが出る。あまり好きな季節ではない。
そんな中、彩音がせっかく暑いような寒いような微妙な温度の中わざわざ出てきたのに、歓迎者1人いないというのはさびしいものだ。夜闇すら彩音を歓迎していないように感じる。確かに、クラス内に潜む殺人者を歓迎するものなどいるはずないが、それでもこの状況はさびしいものだ。
人殺しがしたい彩音にとって、的になってくれるものがいないのは困る。弾は多めに保管しておきたいが、予備の弾もちゃんとデイパックに入れているため、多少の無駄遣いなら大丈夫だ。
C組に転校してきてから3ヶ月。彩音にはクラスで友達など出来るはずが無かった。話しかけられても少し話すだけ。頑張って彩音に話しかけてるのを見た友人たちが彩音の前から自らの友を引き離す。しばらくはそういうことが幾度かあったが、彩音が友達になる気がないと分かると、すぐに離れていってしまう。そして、いつしか誰も彩音の周りに近づかなくなっていた。
別に友達なんて要らない。彩音はそう思っていた。
「お友達」なんていざというとき足枷になる。どうせこのクラスは“選ばれる”運命だったのだから、友達なんて最初から作らないほうがいいのだ。所詮自身を守る盾にしかならない。
「殺さないから、誰か無線機持ってくれる人いないかなあ……」
彩音が言った無線機とは、先ほどの家に置いてあったもので、家の中を詮索して回っているときに見つけたのだ。
誰かと使ってみたいという好奇心から2つ持ってきたのだ。何故あの家に置いてあったのかは謎だが、子供部屋らしき部屋にあったため、多分かつての住居者の中に子供がいて、兄弟、もしくは近所の友達などと遊んでいたのだろう。
どうせ遊び果たされて置いていかれたものだ。勝手に持ってきても怒られるわけが無い。
そうして彩音は、無線機が使えることを念入りに確認してそれを持ってきたのだ。
誰かと手を組んで、クラスを抹殺する。手を組んだ味方のほうは途中で死んでも構わない。ただ、クラスメ―トを死ぬまで殺し続けてくれればいい。彩音ができる限り手を煩わせずに、楽に生き残れるよう味方には頑張ってもらう。ただ、それだけだ。
いくら殺しを楽しみたいとはいえ、プログラムでは最後に必ず強いクラスメ―トが残る。そうなったときに最初に弾を使いすぎて、マシンガンそのものが使えなくなってしまっては意味がない。無線機でつながった仲間はそのような場合を想定しての、プログラム序盤段階での予備軍となっている。
万が一味方と彩音が最後まで生き残ったとしても、彩音にはこのマシンガンがある。銃器類が当たり武器の類に入る中で、マシンガンはプログラム中の支給武器の中ではトップクラスの武器だろう。相手の武器にもよるが、マシンガンに勝てる武器などあるのだろうか。
「あ―あ、なんか疲れた。足痛いし……」
退屈さと疲労で、彩音の足は疲れが溜まりつつあった。
こんな時に誰かが鉢合わせでもしてくれたらやる気が出て足も回復するのになあ、と思いつつ、彩音はしぶしぶ足を進めた。歩いたところで疲労が溜まるだけだが、夜のうちなら誰かに出くわしても遠距離戦なら不意打ちをつけやすい。距離をとって戦うなら夜や明け方が丁度いい。
「……?」
突如、彩音の表情がさっと変わった。
たった今彩音が通り過ぎようとしていた数メ―トル先の十字路の角から、突如光の玉が姿を現した。光の玉は、どうやらクラス全員が手にしている光源である懐中電灯のようであった。懐中電灯が空中浮遊して勝手に進むはずがない。つまり、彩音の目の前には待ち望んだ獲物がいることになる。
目の前のクラスメ―トは、同じように懐中電灯を照らして堂々と歩いていた彩音の存在に気づいたようだ。一瞬、歩みを止める。だが、すぐに歩みを速めて逃げようとした。プログラム中ほとんどの人間が誰かしらに相手に見つけられた場合、最初にとる行動だ。夜なので人物の見分けがつかず、仲のいい親友なのか敵なのかも分からないため、とりあえず逃げることしか出来ない。
相手のその行動に気づいた彩音が
「待って! 私、ゲームに乗ってないわ!」
と、完全にか弱い女子の口調でそう呼びかけると、クラスメートは足を止めてその場に留まった。
そこに彩音が小走りで近づいていった。
「だ、誰……なの?」
彩音は聞いた。自分でも信じられないほど優しく話しかけた。
「……」
反応しないクラスメ―トに、彩音は懐中電灯を向ける。
光に照らし出された人物は、根草凪(女子11番)だった。凪は懐中電灯を手に持ったまま、光のまぶしさに目を細めながらも彩音を見つめていた。
「根草さん……?」
「な、何よ」
凪は不審そうに聞いてきた。仲がいいわけでもない人物をすぐに信用するほど馬鹿ではないらしい。宮原沙智たちのグループに所属する娘――彩音は直感的に“使える”と思った。無線機を持たせ、クラスメートを殺戮させるのはこの娘でいい。彩音はそう思い、早速自慢の演技力を使って凪の勧誘を始めた。
「私、こんなゲームに選ばれちゃって……怖くて……その、一緒にいてくれないかなって……」
「え?」
自分でも会心の演技だと思った。これだけの演技力なら簡単に騙せる。
その思考どおり、彩音の演技に凪は惑わされつつあり、少しだけ心を許しかけていた。
「でも私……沙智たちを探そうと……」
「宮原さん? いいわよ、探しても。だからその、一緒に……いてくれる?」
凪は一瞬迷うかのように口をつぐんだ。だが、すぐに返事が返ってくる。
「う……ん」
凪は彩音を仲間と認めた。はっきりと返事を聞き、認識した直後、彩音は突如表情を変え、持っていたマシンガンを既に凪に向けていた。
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