lost 15 動き始めた殺戮者 2

彩音の豹変まで、一体何秒かかったのだろう。そのあまりの素早さに、凪は完全に彩音の支配下に置かれてしまった。今や、彩音の細い人差し指1本に力を加えるだけで、凪の体は死の世界への1歩を踏み出してしまう。
「仲間に、なってくれるんでしょう?」
くすり、と不気味な笑みを浮かべて笑う彩音。凪の背筋に冷たいものが走った。
「……私を騙したの? 最初から殺すつもりで……」
「違うよ、これは警告。今あなたが反抗したらどうなるか、わかるよね? お互い安全に話をしたいからこうしてるだけ」
そう笑顔で言い放つ。だが、凪がその程度の言葉だけで彩音を信用することなど到底ない。彩音はクラスでも目立たない存在で、転向してきて以来話したのは今が初めてだ。
全てが謎に包まれた彩音を簡単に信用するわけにはいかない。この状況下では人を信じることすら困難にも関わらず、マシンガンを突きつけて半ば脅しのような行為を笑顔で行う人なのだから気を許すことなどできるはずがない。
「……凪ちゃんって呼んで良い? 私たちもうお友達だし……良いよね? 私のことも彩音って呼んでくれていいよ」
何も言い返せない凪に対し、彩音はどんどん話を進める。
「凪ちゃん、生きて帰りたいと思わない? プログラムって首輪さえなければ脱出だって結構簡単なんだよ。知ってた?」
にこにこと笑みを浮かべながら話す彩音。懐中電灯のほのかな明かりが、彩音の表情を暗闇から浮かびあげている。
凪の返事を待たないまま、彩音は本題に入った。
「私のお父さん、政府のプログラム関係の仕事してたの。私が小さいころだったからよく覚えてないんだけどね、何か大事なデ―タ盗んだとかで殺されちゃったの。で、そのお父さんがプログラムの知識を家のパソコンに残しておいてくれて、それに首輪の外し方載っててさ、覚えちゃった。だからもし仲間になってくれるなら、首輪外して一緒に脱出してあげようかなって思ってるんだ。どう? 悪くない話だと思うけど……」
彩音はそこで一度言葉を切る。凪の表情を伺いながらも、自分がここまで“殺戮者”としての本性を明かさずにあくまで“親切な人”を演じ切っていることに感心してしまう。
だが、一方の凪は彩音の話に対して様々な疑問を持ち、その疑問を全て彩音に問いかけてきた。
「……それ、本当の話? もし仲間になったら沙智たちも一緒に帰してくれるの?」
凪にとって、もしも沙智たちと一緒に帰れるのならばこれ以上にいい話はない。
だが、クラスメ―トに平気な顔でマシンガンを突きつけるその少女に、そんな都合の良い展開を受け入れる優しさは持ち合わせているはずがなかった。
「駄目よ。貴女1人だけ……ああ、もちろん条件付だけどね」
「……条件?」
「そ。だってプログラムよ? 首輪解除なんて普通じゃ出来ないこと、タダでやってあげるわけ無いじゃない。だから簡単な条件をつけるわ。条件をクリアできたら首輪を解除して一緒に逃げる。3日間でクリアできなかったら私だけ逃げる。簡単でしょ?」
彩音の言う条件とは何なのだろう。逃走時に必要なものを島から集める、金目のものを全てよこせ、凪の思考回路では様々な条件が挙がる。
だが、いくら首輪を外してもらえるとはいえ沙智たちを裏切って彩音についていくことなど出来るのだろうか。だが、ここで断れば確実に殺される。ここは一度彩音の策に乗り、後々それに対する対策を考えるのが良いだろう。凪の考えはまとまった。あとは、嘘をついていることを知られないように上手く演技をするだけだ。
「……条件は?」
自分の考えが悟られないかと嫌な妄想を膨らます中、条件を聞く。
「うん。本当は出会った人全てを殺して、ある程度人を減らしてもらおうと思ったんだけど……あ。これは単に首輪解除に時間がかかるから人に見られたりとかして途中で中断するのを防ぐためね。でも、凪ちゃんは殺人に関しては素人だろうし、簡単な条件にしてあげる。いい? 宮原沙智、穂崎裕香、江入可の3人をプログラム終了時までに殺す……それだけよ。簡単でしょう?」
「――!」
全ての推測ははずれ、親友と一緒に帰るなどという甘えた思考も完全に薙ぎ払われた。
沙智たちを殺す、それが彩音の出した条件だった。彩音は凪の答えを待つように、凪の曇った表情を楽しそうに眺める。
凪は迷う。
自分の命を優先するか、沙智たちを守るか……究極の選択だ。
「どうする? 凪ちゃん」
「私は――……」
そこまで言いかけ、また迷う。
だが、今この状況なら先ほど立てた策どおりに乗ったほうがいい。彩音だって人間だ。彼女を殺すチャンスはこの先いくらでもある。だから今は、彩音の提案に乗るしかない。
「貴女の、仲間になる……」
そう言い放った瞬間、万遍の笑みを浮かべる彩音。まるで欲しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。
「そう? ありがとう!」
「うん……」
凪はそっけない返事をする。
「あ、私無線機持ってるんだ。凪ちゃんに1つ上げるから、連絡取り合おうと思って……ちょっと待ってて……はい、これ」
暗がりから取り出したそれは、一見四角い箱。だが、よく見るとボタンがいくつかあり、アンテナがついている。
「一緒に宮原沙智たち殺すのは無理があるの。私がいたら怪しまれるでしょう? だから別々に行動して、出会った人は必ず殺す。これは敵を減らすためよ。で、凪ちゃんはクラスメ―トを殺すと同時に宮原沙智たちを探す……いい?」
「うん……」
そっけない返事。
「じゃあ、これポケットに入れとくね。あ、後支給武器教えてよ。武器ないと殺せないものね。もし良かったら私のコレあげるから」
そう言って、マシンガンを持ち上げる。
だが、その彩音の提案に凪が乗る必要は無かった。なぜなら、凪の武器は彩音のマシンガンに勝るとも劣らない、そして、女子でも簡単に使用することが出来る代物だったからだ。
「ううん、いらない。私の武器は首輪の起爆装置……だから。スイッチ押せばすぐ起爆する仕組みだから――……平気だよ」
「あ、そっか……」
彩音もそっけない返事を返す。この時、彩音は驚愕していたのだ。
プログラムでは銃器類が戦いを有利に持ち込める最重要武器だと考えていたのだが、まさかそんな大物が混じっているとは思いもしなかった。
首輪の起爆装置――あらゆる武器を使おうとも凪本人から奪い取らない限りは無敵。最強の武器だ。
生徒たちが首輪に縛られているのならば、それを自由に操れる武器が存在していてもおかしくはない。だが、そんなこと彩音の思考には欠片も無かった。
一方、凪も今がチャンスかもしれないと彩音の様子を伺っていた。
いくら首輪が外せる技術を持っていたとしても、プログラム開始から短時間の間に首輪を外してここまで歩いてくることなど不可能だ。そのため、彩音の首輪はまだ作動していると凪は考えたのだ。
そっと手を動かし、起爆装置だけを上に向け、ボタンの上に指を置く。この単純な作業でも自分の意図を悟られないかと手のひらには冷や汗をかく。
ボタンを強く押し、首輪の起動を待つ。彩音がそれに気づいたらすぐさま逃げればマシンガンの攻撃からも逃れられるだろう。完璧な作戦だ。
――だが、いつまで経っても首輪の起動する気配は無い。
「……残念でした。この首輪ね、もう作動してないの」
くすりと笑い、首輪をつかむ彩音。凪の手をとり、起爆装置を自分の首輪に向けてボタンを押させる。
「あっ……?」
起爆してしまうと思った凪は、思わず1歩後ずさりしてしまう。だが、彩音の首輪は先ほど同様に一向に首輪は変化を見せない。
「……っ!」
凪は彩音の言葉に恐怖で拘束された。殺される、そんな思いが頭をよぎる。
「まだ使ったこと無かったから試しただけでしょ? いいよ。私はもう首輪の機能壊れてるし、いくらでもテストして? あ、でも他の人にやったら本当に死んじゃうから気をつけてね」
彩音の言葉は意外なものだった。凪を殺す予告ととれる言葉は、返事の中からは見つからない。
妖艶な笑みを浮かべ、凪の手を離す。放心状態の凪は放された腕を力なく垂らし、震えている。
「やだなあ、殺したりしないよ。だって凪ちゃんがそういうことするかな、ってコトはもう予想がついていたもん。大丈夫大丈夫。許してあげるよ」
「……うん……ごめん」
素直に謝る凪。とりあえずは命拾いしたが、これにより彩音に逆らうことは出来ないと完全に断定されてしまった。絶対無敵の武器を使って殺すという唯一の希望が消え、裏切ることも出来ずにただ彩音のなすがままに操られるしか凪に生き残る術は残っていない。
暗い表情のままうつむく凪に、彩音が言葉をかける。
「あ、じゃあ私そろそろ行くから、何かあったらそれで連絡して? じゃあね!」
そう言って、彩音は小走りで立ち去る。すぐに暗闇にまぎれて見えなくなる彩音を見届け死への近道を通らずにすんだことに安堵する。ふと、足に力が入らなくなった。重力に任せてその場に座り込む。
「………」
どうすれば良いのだろう。最強の武器を手にしてなお、彩音を殺す術が残っていない。首輪が作動していない以上、凪は彩音の支配下に置かれるしか道が残っていないのだ。
その支配下に置かれた以上、沙智たちを殺すしかない。――だが、長年付き合ってきた友達を殺すことなど出来るはずが無い。
沙智たちを殺すくらいなら――と、凪は起爆装置を自分に向ける。だが、人間覚悟が強くてもいざとなるとどうなるか分からないもの。向けたはいいものの一向に指はボタンを押そうとしない。押さなければいけないのに、全身がそれを拒んでいるのだ。
「っ……!」
指が動かない。力が入らない。凪はまた力なく肩を落とす。
沙智たちを殺すことは出来ない。だが、自分を殺すことも出来ない――だったら、するべきことは一つ。
向井彩音を殺す。それだけだ。
他の誰を犠牲にしても、親友を守る。クラスメート全てを失っても、失いたくないものがある。
――この武器さえあれば、沙智たちを守れるかもしれない。そんな思いが、凪の中に沸いてくる。足に自然と力が入る。立ち上がり、最初に自分が向かっていた場所へと歩き出す。
「待ってて、私はあの人を殺して沙智たちを守るから――……」
何があっても親友を守る。凪はそう固く決意をした。



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