lost 16 動き始めた殺戮者 3

街灯一つ無い暗闇を、向井彩音(女子18番)は黙々と歩いていた。あまりにも暗いため、懐中電灯を付けないと視野が全て黒に染まってしまいそうだが、彩音の足取りはどこか軽快で、桜色の唇はほころんでいる。暗闇の中楽しそうに歩く姿はどこか不気味だ。
彩音の気分が良いのには訳があった。プログラムが始まる前、教室で話した宮原沙智(女子17番)と江入可(女子2番)の親友、根草凪(女子11番)に島からの脱出を条件に親友3人を殺すように命じたのだ。
友情と自分どちらを取るかという究極の選択で、凪は自分自身を守ることを選んだ。そのため、凪は事実上彩音の仲間になり、彩音が生き残るための手助けをしてくれる人材となったのだ。もちろん、彩音の気分しだいで最終的に凪をどうするか決めるが、今のところ答えは決まっている。
凪と別れてから5分は経っただろうか、そろそろ最初の連絡を入れる準備を開始する。まだ誰とも会っていないだろうから連絡など必要ないのだが、先ほど誰かを殺したら連絡するよう命令することをすっかり忘れていた。殺した人数を把握することで残り人数の大体の推測が出来るため、どの時点で彩音の作戦を実行に移すかの判断材料にもなる。
彩音はすぐに無線機を取り出して凪へ連絡をとる準備をする。
雑音が細切れながら流れ、しばらくすると向こうの音声が流れてくる。
「あ、凪ちゃん? 彩音だけど――さっき言い忘れが……」
彩音は出来る限りの声で無線機に呼びかける。だが、一向に答えが返ってこないことに違和感を感じた彩音は無線機に耳を当てて向こうの様子を伺う。
すると、答えが返ってこない理由が伝わってきた。
「や、やめて、来ないでよ!」
機械を通しているためある程度低い声になっているが、明らかに女子の声だ。
「……ごめんね……」
聞き覚えのある声だ。今話したほうが凪なのだろう。
「ふうん……てっきり宮原たち裏切れないと思ってたけど……本当に裏切ったんだ……」
凪の言葉から読み取れるのは、彩音と出会ってから心情が変わったということだった。彩音に逆らえないと感じたのだろうか。……それでも構わない。自分の盾になってくれる者ならば信頼できる人物だろうが犯罪者だろうが良いのだ。結局使い捨てなのだから性能など気にしない。その場に応じて役に立ってくれればそれで良い。
「っ……首輪が……! どうして起爆がおこっ――……」
「ごめんね……」
恐怖に包まれた声と、夜の闇に消え入りそうに小さな声が“向こう”から伝わる。
やがて、衝撃音が聞こえたかと思うとぴちゃぴちゃと雫が落ちる音がかすかに聞こえてきた。これらは“首輪爆破”を意味する。凪の初仕事が終わったのだ。
「凪ちゃ―ん? 聞こえる?」
「…………」
返事がない。もう一度呼びかける。
「凪ちゃん? 大丈夫?」
「あ、はい、ごめん……」
「大丈夫? 誰殺したの?」
先ほどの会話から推測すると、凪はこの島にいる誰かの首輪を爆破させたと考えられる。首輪を爆破されて生きていられる人などまずいない。彩音は犠牲者を問う。
「えと、山田葵です」
山田葵(女子22番)の名を告げられ、しばし彩音は戸惑った。クラスに溶け込んでいなかったため、一瞬顔すら思い出せなかったからだ。
「山田……ああ、あの地味っ子か――……」
「うん、そっちはどう? 誰かと会った?」
凪が話題を変えてきた。
「全然、むしろ募集中ってくらい。誰もいないんだもん。そろそろ住宅街出るつもりなんだ」
「そっか……あ、じゃあ私また違うところ行くから、またね」
「ん、何かあったら連絡してね」
そこで会話は終了した。彩音は無線機をポケットの中にしまう。
「……とりあえず、凪は洗脳できた……か」
彩音の唇がゆるみ、やがて万弁の笑みを浮かべて歩き始めた。
「凪が殺したなら、私も殺さなきゃ……運動しないと体がなまっちゃう」
楽しそうに独り言を何度もつぶやくその様子はとてもプログラム状況下に置かれた少女とは思えない。むしろ遠足を楽しみにする小学生のような姿だ。楽しみにする“目的”は、その様子からは想像がつかないほど残酷なのだが。
マシンガンを常に使えるよう準備して、無線機も再度落ちないようポケットに押し込む。準備を整えた彩音は早足で歩き始めた。
――私は父さんの二の舞にはなりたくないだけ――……
その言葉を体の内で反芻し、彩音はプログラムの渦へと進入して行った。



【女子22番 山田葵 死亡】
 


残り44人



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