lost 17 動き始めた殺戮者 4

プログラムと聞き、最初に思い当たるのは父の顔、そして父の思いが書いてあった日記だ。多分、自分がゲ―ムに選ばれたら絶対に“乗る”と心に誓わせたのも父の日記だろう。
その一文が載っていたのは4月末の日記だったと思う。それは彩音の運命を変えたのかも知れない一文で、現在の彩音の行動を仕切っている文だ。
そこには、こう書かれていた。

――もし選ばれたとしたら、その時は……自分の身を、守って欲しい……。

その日記を読んだ当時はあまりそれを気にしなかった。だが、プログラム参加が決定してからはそれを極端に意識するようになってきている。彩音は父のその願いを受け、今ここにいる。たった1つだけ約束と違うが、父の願いである自分の身を守って欲しいという最も重要な部分は忠実に従っていた。
身を守るには戦わなければいけない。戦うには相手が必要。相手が必要なら、探さなければならない。彩音は今、その相手を探していた。
夏の夜風がむき出しの肌をなでる。海が近いため、ほのかに潮の香りが流れてくる住宅街を彩音は歩いていた。右手にはマシンガン、左手にはデイパック、制服のポケットには無線機がそれぞれ準備されており、年頃の女子からはかけ離れた姿だ。だが、プログラム下で身だしなみを気遣う余裕のあるものなどほとんどいないため彩音の武器を構えた姿は殺し合いの状況では普通の格好だ。プログラム状況下に陥ると、皆生き残るために必死で身だしなみなど気遣うことが出来ない。彩音は武器や体力ともにまだまだ余裕があるため、身だしなみを気遣う余裕のある例外的人物だが、もともと流行を気にしたりするような性格でもないため、現在の服装や状態に不満は無い。
今はクラスメ―トを減らして行くことが先決だ。すでにクラスメ―トがどこに逃げるか、誰が乗るかなどは推測がついている。まず、クラス全員が屋内に逃げ込んでいるなどということは無いだろう。屋内は一見安全だが、追い詰められれば逃げ場の無い檻のようなものだ。女子の大半は身を寄せ合って屋内に隠れることが多いが、男子が身を寄せ合って大人数で固まることはまず無い。彩音の勝手な思考だが、女子はある程度グル―プに分かれているため固まっていてもおかしくない。だが、男子は1人で行動する可能性のほうが高い。そのため、男子は女子に比べて1匹狼になっている者のほうが多いだろう。彩音にとって獲物にしやすい者が多いということだ。
そんな理由から、彩音は夜の間は男子に会うことが多いだろうとあらかじめ推測していた。もちろんこれは発狂してしまいそうな人物を除いて割り出した結果だ。発狂してしまったものの行動など推測できるはずが無い。
住宅街と海の境界線に近づき、だんだん風のとおりが良くなる。風が来る方向へ向かっているため、向かい風が来て歩きにくい。
向かい風に圧されながらもしばらく歩くと、突如視界が広くなり、月明かりにうっすらと照らされた海が現れた。そしてその海の先には、カラフルな光が点々としている。どこかの町なのだろう。いまや手の届かなくなった世界が、海を挟んではるか遠くにある。彩音はやわらかい砂浜を踏みしめ、波打ち際まで歩いていった。
「はあ……なんか隔離ってカンジ」
遠くの光を見て、そう率直な感想。
感想を受けた海から潮風が流れ、彩音の全身をなでる。その風が思った以上に冷たかったため、思わず身震いする。
「寒い……やっぱり帰ろう」
寒さに負けた彩音が踵を返そうとしたその時、“それ”はやってきた。

――頬を何かが掠め、ちりっと痛みが走る。誰かがいるのだとすぐに推測し、何かが飛んできた方向へマシンガンを乱射した。
「っ誰!」
ただでさえ視界が悪い夜、マシンガンの火花と銃口から出る煙が、相手の特定をますます困難にしていた。
あれだけマシンガンを乱射したというのに一向に悲鳴は聞こえない。弾が喉を貫通したのだろうか。
一旦乱射を止めるも煙が邪魔をして何がいるのかよく見えない。ゆっくりと煙は空へ上がっていき、視界が開けた。ようやく人物の特定をすることが出来る。
「……宇佐美?」
眼鏡をかけた男子――思い当たるのは宇佐美桐人(男子2番)しか存在しなかった。
宇佐美桐人。彩音の中ではゲームオタクの気弱な男、プログラム下では一番最初に死ぬようなタイプの人間と記憶している。大したヤツではないと認識した彩音は張り詰めた空気を開放する。
先ほどの乱射にもかかわらず、大きな怪我は見られない。運の良さは人一倍のようだ。
「宇佐美……でしょ? 何よいきなり、危ないじゃない!」
普通の口調で話す。これ以上余計な攻撃をされればこっちが迷惑だ。ただでさえ乱射により弾を無駄遣いしているのだ。これ以上の浪費は避けたい。
だが、彩音の思いとは裏腹に桐人は新たなる行動をとる。
「む、む、向井……お前……乗ったのか?」
「は?」
いきなりの言葉に理解が遅れ、思わず奇妙な返事をしてしまう。
「げ、ゲ―ムに乗ったのかって、聞いてんだよ……乗ってたら、よ、容赦しねえぞ……」
桐人が威嚇行為をしていることに思わず苦笑がこぼれた。なぜだろう、彼を挑発する気が沸いてきた。彩音は小さく笑みを浮かべると、わざと桐人を挑発するように先ほどの質問の答えを返す。
「私……“乗った”わよ。もうたっくさんの人殺してきた。皆を殺して生き残るため、ゲ―ムに乗ったわよ。私の体にはもう血のにおいが染み付いて離れない……」
あえて桐人を挑発するよう、何度もゲ―ムに乗った事実、人を殺したことを強調した。当然、冷静な思考を失った桐人は彩音の思惑にはまってしまう。
「う、うわああああああ!」
発狂したかのように絶叫し、持っていた銃の引き金を引いた。彩音は何も言わずにマシンガンを再び乱射する。
「っああああああああああああああああああああ!」
ひたすらの、絶叫。弾が被弾してのものなのか、恐怖を声に変えたものなのかは分からない。だが、数十秒後には彩音のマシンガン以外の銃声は何一つ聞こえなくなった。
「死んだ……かな」
引き金を引いていた指を離し、桐人に近づく。踵を返したところを襲撃されたら困るため、念入りに確認が必要だ。
だが、桐人の姿を見た瞬間、確認など必要ないことが人目で分かった。
……それは、酷いという表現が的確な状態だった。
赤黒い血は周囲に飛び散り、すでに体には1滴も残っていないことを想像させるほど砂浜に飛散している。そして、ところどころ血にしては大きく膨らみのある“何か”が落ちていた。
この状況は、確実な死を意味していた。この姿になって生きていられる人間などいるはずが無い。
桐人の手の近くに落ちている、桐人のものであった銃を拾い上げ、開いているほうのポケットにしまいこむ。
「……酷いって、あなたのためにある言葉ね」
興奮とマシンガン乱射の疲労の両方から少し息の切れた彩音は、動かなくなった桐人を見て言った。桐人の体はぼこぼこに穴が開いており、小さな穴一つ一つから下の砂浜が見えそうなくらいはっきりと開いている。そして、穴一つ一つから艶やかな肉が確認できた。
今やどこの猟奇サイトを見ても絶対に載っていない生の死体。普通の中学生なら見た瞬間嘔吐、ひどい場合は失神してしまうだろう。だが、彩音は以前冷静を保っている。ただ、激しく鼻を突く鉄サビと同じ臭いが気分を少し害している程度だ。
彩音はいつまでもそれを見ている。哀れみの眼も持たず、見下した眼でそれを見ていた。
罪悪感など無い。自分が選んだ道だ。……半ば、父さんの声が暗示のように脳に植えつけられてそうなるように仕向けられたのかもしれないが。

―――もし選ばれたとしたら、その時は……自分の身を、守って欲しい……。

ふっと、彩音は口に小さな笑みを浮かべた。
「父さんすら……温厚で優しい父さんですらそう言ってた……これは父さんの願い、そしてなにより私の意思よ」
もう動かない桐人に、彩音は話し続ける。
「人を殺して、何が悪いのよ」
眼下に向け、彩音はそう言い放った。



【男子2番 宇佐美桐人 死亡】



残り43人





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