lost 18 夜闇下の僅かな希望

西にある廃墟工場は、学校を取り囲む林の奥地にぽつんと立っている。明らかに手を抜いて創られたように見えるそれは、“工場”と呼べる形ではあるものの、中はただの倉庫同然であり、周りに資源も、資源を運ぶル―トも存在しない場所に立っており、このプログラムのために人為的に創られたように思える。
その工場は会場内の中でも1、2を争う大きさの建物で、生徒の隠れ場所としては最適な場所といえる。生き残りが多い今は屋根のある場所を求めた生徒が群がってきそうなほど広さ、大きさ、その他実用性を考えて隠れ場に適した場所だ。
プログラムが始まって間もない現在、すでにその場所は、ある人物によって占拠されていた。
その人物――阿刀田仁(男子1番)は、頭脳明晰、スポーツ万能、“完璧”という言葉がふさわしい。その仁が、工場を陣取っている。
だが、仁はゲームに乗ったわけではない。最初に教室を後にした仁は、後から出てくるクラスメ―トから逃れるように学校から逃げ、この工場に着いたのだ。
しばらくはこの場所に隠れて仲間が来るのを待とう、そう考えた仁はプログラム開始からずっとこの場所にいる。
工場は林を抜けた所にあるため、この先多数のクラスメ―トがやってくるだろうと考えられる。ゲ―ムに乗った人物が来る可能性も否定できないが、中学3年生が軽々しく銃を撃ったり人を殺したりすることなど出来るとは到底思えない。選ばれるまで何も判らないプログラムの全貌だが、ゲ―ムに乗って戦闘により命を落とすものよりも、仁と同じく味方を待ち、ゲ―ムに乗ったものに殺されて死ぬもののほうが多いのではないかと思う。いくら命が惜しいとはいえ、日常生活で人殺しと無縁だった自分たちがそう簡単に殺人者の道に走ることなど出来るとは思えない――多分皆も、殺人などしたくないと思っているだろう。その証拠に、仁は絶対にクラスメ―トを殺したいとは思わない。 仁がここに来て、おおよそ1時間が経とうとしている。こんなに目立つ建物なのに、未だに誰も現れないことに早くも違和感を抱いていた。明かりがついていることを不審に思って近づかないようにしているのだろうか。
この工場、来た時には明かりはついていなかった。
だが、明かりがついてないと建物として使えない上に視界が狭くなるため万が一の敵にすばやく対応が出来ない。さらに、明かりがついていれば明るい空間を求めたクラスメートが来てくれる可能性があり、外の暗い林の中からでも光を察知することが出来る。そう考えた仁が懐中電灯を片手に明かりのスイッチを探し当て、こうして安心感のある明かりを手に入れたのだ。
だが、あらゆる手を尽くして人を呼び寄せようと努力したが、さすがに1時間経っても誰も来ないというのは不思議に思える。
2分間隔で教室を出るということは、48人いるC組の全員が教室を出るには1時間半ほどの時間を要する。1時間が経過しようとしているということは、約30人ほどはすでにこの島の中をさまよい始めているということだ。
その30人の中には、仁が信頼している針城真也(男子11番)なども含まれている。だが、逆に言えば、加島強(男子3番)などの人を殺すことをなんとも思わないような連中も出発していることになる。
……このゲームは、すでに始まっているのだ。
そんな状況の中誰一人として出会うことなく1時間を過ごせた仁は、幸運が味方したといえる。仁にとっては逆に不幸かもしれないが。
「……さて、行くか」
無言を通してきた仁がぽつりと言葉を吐いた。
そのまま懐中電灯だけをもって立ち上がると、工場の出口へと向かっていく。
早歩きで暗闇へ向かっていく仁。懐中電灯の明かりをつけ、そのまま躊躇なく外へ出た。
仁は、ここに来てから10分おきに外を見回っていた。
誰か隠れていないか、襲撃を狙ったクラスメ―トが潜んでいないか、警戒半分、期待半分で見回りを行っている。
工場の周りを1周するだけの至って単純なことだが、いつ襲われるか判らない恐怖から足がすくんで上手く動かない。全神経を四方八方に張り巡らせ、ゆっくりと歩く。
聞こえるのは単調な呼吸の音だけ。
見えるのは懐中電灯と工場内の漏れた明かりが照らし出すものだけ。
絶望的な視界の中、約半分を通り過ぎた。
また誰にも出会えずに終わるのか、そうあきらめたその時だった。
……かすかな音だった。
普段の仁なら絶対に気づかないような音を、四方八方に張り巡らせた神経が捉えたのだ。
それは、木々を掻き分ける音だった。
人がいる、直感的にそう思った。そしてその思いは確信へと繋がる。
かさかさとかすかな音は、だんだんこちらへ近づいてきている。
仁は立ち止まった。
「………………………………」
息を、存在を殺し、じっと音の動くほうを追う。
こちらへ近づいてきていた音は、だんだん進路をずらし、工場の入り口へと向かっていた。それに気づいた仁も移動を開始する。そのまま工場内へ入ってくれれば、あとは説得をして仲間にするだけだ。
がさがさといっそう大きくなった音はある時ぴたりと止み、地を蹴る音に変わった。
幾つもの音が聞こえてくる。……1人ではないのだろうか。
仁もそのあとを追い、懐中電灯を先頭に早足で歩き出す。
その小さな光が、先を照らし出す。その光の中に、一瞬黒い人影がよぎった。
「!」
驚いた仁が反射的に前方を懐中電灯で照らすが、すでに人影はなかった。かわりに、工場内から足音が聞こえてくる。
相手は、工場内に入ったのだ。
緊張が走る。いくら見慣れたクラスメートとはいえ、相手はすでに殺人者に変貌しているかもしれないのだ。だが、ここで引き下がるわけには行かない。仁は動きを拒む足を進め、工場前に立ち止まった。



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