lost 19 夜闇下の僅かな希望 2

工場内は、静寂に包まれていた。
仁の視界から見える範囲での人間の存在は確認できない。だが、先ほど中から足音が聞こえたのは事実のため、入り込んだクラスメ―トは仁がたどり着く前にどこかに隠れたのだろう。
工場内は広いが、物があまり置いていないため隠れられるスペ―スは限られてくる。多分、左右に積まれたダンボ―ルの陰だろう。奥に裏口1つだけがあるが、先ほど仁が挿しっぱなしになっていた鍵でドアを閉め切り、その鍵もある場所に隠したため出ることは出来ない。
つまり、クラスメ―トはこの工場内に存在すること以外ありえない、ということになる。
工場内に進入した仁は、あたりを見回す。
「……………………」
見回り前と何も変わらない室内は、一見人が隠れているようには見えない。先ほど推測したダンボ―ルの影が一番怪しいが、見に行って不意打ちで攻撃される危険性も考えられる。一体、どうすれば良いだろう。
相手は少なくとも2人。相手が味方――すなわち、ゲ―ムに乗っていないクラスメ―トなら、仁の信頼性から考えてすぐに仲間になってくれるに違いない。だが、万が一入り込んだクラスメ―トが敵だったら逃げ切れる保証はない。すぐに捕まえられて殺されるだろう。
味方であって欲しい。だが、敵だったらどうすれば――……仁は困る。このような事態に陥ったことなどあるはずもないため、良い対応策が浮かばない。
だが、ここでもたもたしていても何も変わらない。逆に、隙を突いて攻撃される危険性が出てくるのだ。
考えた末、仁は出口付近まで戻った。そして、
「誰かいるだろ!? 出てきてくれ! 俺はゲ―ムに乗っていない!」
精一杯の誠意を叫んだ。工場内には仁の声が響き渡っていく。仁は、返事を待つ。
仁がなぜ出口付近で叫んだか、それは、万が一相手が敵だった場合、すぐに外に逃げ出せるようにするためだ。これが、仁の考えた最善の策だった。
数秒の後、反響した声は空気に溶け、世界はまた元の静寂を取り戻していた。
「……」
誰からも返事がない。
「頼む! 出てきてくれ!」
もう一度叫ぶ。だが、返事がない。仕方ない、と諦め、最初に誰かが隠れているだろうと推測をつけたダンボールの陰へと足を踏み入れようとしたその時――……
「待てよ、仁!」
誰かが、仁の背中に声をかけた。
「誰だ?」
きびすを返した仁が見たもの。それは、仁が信頼している真也の親友、二ノ宮冬也(男子9番)だった。
「冬也! お前だったのか……」
全身の緊張が解ける。いつも真也とつるんでおり、天才的頭脳を持つクラスの中心的存在の冬也ならば、“味方”に分類できる人物だ。
冬也なら味方になってくれそうだ、仁はそう思った。
「仁、お前は……本当にゲ―ムに乗っていないのか?」
冬也は唐突に聞いてきた。相手から見ればまだ仁はプログラムの状況下での完全な信頼を受けていないらしい。
「当たり前だろ!? 俺は、ただ味方を待っていたんだ……一緒に、どうにかこの状況を突破する方法を考える仲間を、待ってただけなんだよ」
「……………………」
しばし、冬也は考え込むような表情を見せる。
「そうか、じゃあ仁は俺と一緒の考え、ってコトか」
「…………?」
冬也の言った意味がわからず、仁は疑問符を浮かべる。
一緒の考えというのは、仁の望む“脱出”のことだろうか。そう考えると、冬也もまた仁と同じように脱出を望んでいることになるが――……
さまざまな思考が駆け巡る。そんな中、冬也が再び口を開いた。
「仁、俺達の仲間になってくれないか?」
「え……俺達?」
一瞬、意味がわからなかったが、先ほどの足音の数などから最低でも2人が隠れていると推測したことを思い出した。相手が冬也だと言うことに安堵しすぎてしまい、もう一人の侵入者の存在を忘れていた。
一体冬也の仲間は誰なのだろう。
「杏、出て来いよ」
そう冬也が虚空に向かって言うと、仁の背後――先ほど調べようとしたダンボ―ルの陰から竹中杏(女子9番)が姿を現した。
「竹中が……冬也の味方なのか?」
「ああ。で、まだ返事を聞いてなかったが……仲間になってくれるのか?」
冬也は仁をじっと見つめる。
鋭い眼光を受けてもひるまない。仁の中では、最初から答えは決まっているからだ。
「勿論だよ。一緒に……この島を脱出しよう」
こうして、仁に最初の仲間が出来た。
「じゃあ仁、早速で割るけど頼みがあるんだ。コイツを――杏を守ってやってくれ
俺は行かないと行けないところがあるからさ……勿論、必ず帰ってくる。だから、それまで守ってやってくれないか?」
「別に良いけど……冬也はどこに行くんだ?」
「ごめん、それは言えない……だけど、脱出に関わってくることだ。必ず帰ってくるから、信じてくれ」
仁には、冬也が嘘を言っているようには見えなかった。
冬也の頭の中では、何か計画が立っているのだろう。冬也の頭の良さを判っている仁に、冬也の言ったことを疑う必要はなかった。
「判った。だけどさ、冬也が帰ってくる前にもしここが禁止エリアに入ったらどうすればいい?」
そう、この場所が禁止エリアになった場合、杏をつれて逃げなければならない。お互いがお互いのいる場所もわからないまま手探りで出会える確立は果てしなく低い。
禁止エリアは無差別のため、放送が入るまでは判らない。そのため、第2の待ち合わせ場所を決めておいたほうが良い、仁はそう考えた。
だが、返ってきた返事は予想外のものだった。
「大丈夫だ。万が一の事態に備えての場合は杏に手紙を渡してあるからそれを見てくれ。……じゃあな、死ぬなよ」
そう言って、冬也は足早に工場を後にした。
先ほどの答えから様々なことを疑問に思ったが、冬也の帰ってくるという言葉を信じて何も言わずに闇の中に走り去る冬也を見守っていた。
冬也を見送った仁は、視線を杏へ移動する
「竹中、そういうことだからよろしくな」
微笑み、手を差し出す。
「……うん」
安堵の表情を浮かべた杏が手を握り返してきた。
「あ―っと、ところで、どうして冬也と一緒にいたのか聞いてなかったけど……もし良かったら話してくれないか?」
「うん、良いよ。私の話長いから、時間かかるけどね……」
敵が来ても隠れられるよう、入り口から見えない死角の場所に2人は腰を下ろすと、杏は静かに口を開いて話し始めた。



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