lost 21 夜闇下の僅かな希望 4

夜闇に聳え立つ、巨大な要塞。
そこには煌煌と輝く光を内に灯した建物が、2人の目の前に壁のように立ちはだかっている。
「冬也……これ……」
杏が驚いた表情でそれを見上げる。
「……農薬とかそういうもの入れてた倉庫ってところだな」
冬也の回答は見たままだ。だが、杏はそこに重点をおかず、別の疑問を投げかける。
「それはわかるけど……入るの?」
明かりがついているということは少なくとも誰かが使っている、もしくはその過去形を現す。プログラムが始まって間もない現在、誰かが使って、もう出て行ったという可能性は低い。そのため、この工場内に侵入すれば間違いなく誰かに会うことになるだろう。
杏としては、それは出来る限り避けたいことだった。
クラスメートの誰がゲームに乗っているかわからないこの状況下、誰かに会うというのはくじ運を試すようなもの。もしもハズレをひいたら、そのときが慣れ親しんだクラスメートに殺されるときだ。
信頼できる冬也に会えただけで杏は十分だった。そのため、ここに入るのは少し躊躇ってしまう。
そう言いたかったのだが、冬也は杏の期待を裏切る回答を出してきた。
「ああ、入るよ? 何で?」
あっさりと言ってのけた冬也。どうやら杏の意思は伝わっていない様子。杏は一瞬考えた末、冬也についていくことにした。どうせ待っていれば失う命。だったら、消えゆく命を最後まで使い果たしたほうが良いと考えたからだ。それは多分、冬也も同じだろう。
「冬也……」
「しっ! 静かに……!」
急に潜めた声になったため、杏は反射的に五感を張り詰めた。冬也が何かを悟ったと言うことは、少なくとも平和な状況は過ぎ去ったことになる。
「どうしたの?」
声を潜めて言う。
「誰かいる……多分、この工場を占拠してるやつだ」
「え!?」
そう言ってあたりを見渡すが、あるのは暗闇だけ。人影一つも見えない。
「どこにもいないよ……?」
「右から足音がする。杏、工場ん中入って隠れるぞ、走れ!」
そう言われた瞬間には冬也は杏の手を引いて走り出していた。
そのとき、冬也が人がいると言った右側――その木々の前に、人間の形をした黒い陰と点ほどの明かりが、一瞬眼に入った。
「……!」
工場内へと入り、すぐに冬也はあたりを見渡す。隠れる場所は、現時点ではダンボールの裏しか見当たらない。……最悪の状況だ。
「杏、そこ、そこの裏行け!」
「え!? あ、うん」
突然の命令に、素直に従う杏。冬也は反対方向に積まれていたダンボールの裏に隠れ、この工場の主を待つ。
「…………………………………………」
静寂。
息を殺し、見つからないように隠れる2人。
杏は考えていた。先ほど杏が誰かの姿を目撃したのと同じように、相手にも自分たちの存在は気づかれているのではないかということを。
工場内で隠れられる場所はこのダンボールの裏しかないため、隠れても無駄なのではないかということを。
……もしかしたら、もうすでに死がそこまでやってきているのではないのかと、思っていた。
杏の思考をさえぎるように、すぐに“主”がやってくる。そして、やってきて即座に、主は杏たちに呼びかけた。
「誰かいるだろ!? 出てきてくれ! 俺はゲームに乗っていない!」
聞き覚えのある声、それは、その言葉を信頼しても良いと断言できるクラスメートの声だった。
だが、冬也は出て行かない。杏も、冬也の合図があるまでは出て行かない。
「頼む! 出てきてくれ!」
もう一度声がした。だが、2人とも静寂を保ったまま動かない。
……それから、しばし。
自分からは出てこないと諦めたのだろうか、足音が、杏の隠れているダンボールのほうへと向かってきた。
「……!」
殺されるかもしれない、杏は素直にそう思った。だが――
「待てよ、仁!」
冬也の声がした。杏の方へ向かっていったことを悟り、自分を犠牲にして出て行ったのだ。だが、杏は出て行かなかった。冬也は自分を守るために出て行ったのに、自分が出て行ったら冬也の気遣いが台無しになってしまう。
杏は、そのままおとなしく2人の会話を聞いていた――……
………………………………………………
…………………………

「……で、今に至るわけか」
「うん」
工場の隅で、仁と杏は向かい合って言葉を交わす。
「あ、えーっと、もしかして冬也と竹中って、その……付き合ってるのか?」
話の一部始終を聞くと、とてもそうとしか思えない。一緒に行動している面や、他人同士とは思えない会話から、仁は杏の話の序盤からそう思っていた。
「うん、そうだよ」
自分でもわかるくらいに頬を赤く染め、杏は言った。
「あ……そうか。まあいいんだけど、ところで冬也は何しに行ったんだ?」
話は冬也の行き先に移る。
「ごめん、それはわかんないの。私も何も聞いてなくて……」
「そうか……だけど、帰ってくるよな?」
何も聞かされていない杏だったが、この仁の問いかけには自信を持って答えることが出来る。
「うん、きっと……いや、絶対帰ってくるよ」
「そうだな。じゃあ俺たちは俺たちで、秘密の脱出計画立てるか」
「うん!」
煌煌とした明かりの下、2人はそう言葉を交わし、話を切り替えた。
悪魔のプログラムが開始された早々、その工場内では僅かな希望を手にした少年少女が悪夢を終わらせるための準備を開始しようとしていた。



残り43人





next>>