lost 22 49番目の適格者

ゲーム開始から約1時間、山野まひろ(女子23番)はずっと林の奥地に身を潜め、小さくうずくまって時が過ぎるのを待っていた。
胸の奥によぎる思いは、帰りたい、ただそれだけ。
まひろは、ゲームに乗る気が一切ない正統派に分けられる人間だった。向井彩音(女子18番)などの殺人を好き好んで行う人間としての異端派とは真逆の、クラスメートを殺すことができない部類だ。
だが、だからと言って3日目までどうにか生き残って、飢えと疲労にまみれた後に殺されるという地獄絵図を望んでいるわけでもない。
まひろはただ、どうして良いのかわからないだけだ。
突然プログラムに選ばれたと言われ、わけのわからぬまま外に放り出され、ただただどうしていいかわからず、ずっとここにいる。捨てられるのを待つだけの人形のように、何もない林の中にぽつんと座り込んでいた。どうすれば良いのだろう、これが夢なら早く覚めてほしかった。こんな悪夢を見ることは一生のうちそう何度もあることではない。だが、夜風にさらされて感じる風の動きも、クラスメートが死んでいくものも、夢ではなく全てが現実なのだ。人間の妄想よりはるかに恐ろしい、塗り替えの効かない本物の世界なのだ。
このままここに隠れて、2日が過ぎて残りが自分を含めて3人になって、まひろはここで気づかれないまま残りの2人が戦って、相打ちにならないだろうか、そこで2人とも死んで、優勝者のまひろを呼ぶ放送が――……
そんな妄想をしても、そう都合よく終わるはずがない。そんな風にうまくいけば、てきとうなところに隠れて戦わずにいて、気づいたら皆死んでいたという終わり方もありえないことではなくなるだろう。
横にぽつんと置いてあるデイパックは、武器はおろか食料の確認さえしていない。せめて明かりくらい出しておこう、そう思い、まひろはデイパックを開けた。
政府の役人のせめてもの優しさだろうか、まひろがデイパックの中に手を入れると一番上に懐中電灯によく似た感触を確認できた。ひっぱりあげて、手探りで形を確認し、平面状のところに小さな凹凸を見つけるとそれを押す。すると、ぱっと明かりがつき、周りが明るくなった。
明かりを見つけたまひろは、修学旅行の荷物を取り出した。そして、懐中電灯で照らしながら1冊の本を取り出した。
それは、まひろの日記帳だった。小さいころから欠かさずつけている日記、修学旅行の重いでも書き留めておこうと持ってきたのだ。それを開き、日にちを書くと、一言だけ書いてデイパックのほうへしまった。この日記帳は、まひろの宝物と言っても過言ではないくらい大切に使ってきたものだった。このプログラム下でもこれは途中でなくしたくない物だ。
「……はあ……」
一仕事終えた後の小さなため息をつく。
まひろはすでに疲れていた。プログラムへの不安から少し頭を使いすぎたようだ。早くも動く気力も何もかもなくして、また暗い地を見つめる。
静寂。
静寂。
草のかすれる音一つ聞こえない中、まひろはぼうっと地面を眺める。だんだん周りの音が聞こえなくなり、世界は暗闇に包まれる。自分でいけないとわかっていても体が勝手に世界を閉じていく。まひろの体は、睡眠を始める。
何にも頼らずに座り込んでいたまひろは、バランスを崩して床に寝転がる。静寂の中に小さな寝息の音が聞こえ始めたのは、その直後だった。
その寝息の近くを、がさがさと草木がかすれる音が通る。一つの寝息と、たくさんの雑音。音はまひろに気づくことなく、そのまま通り過ぎようとしていた。だが、何を思ったのだろうか、その足音は突如方向を変え、休息をとっているまひろのほうへと向かってきた。

……その人物は、暗闇の中を歩いていた。
何度もむき出しの顔や腕に傷をつけながらも地図をライトで照らしながら林を抜けるため前進していたのだ。
だが、途中で方向感覚を失ってしまい、気がつけば最初の禁止エリアに指定される学校周辺のほうへ向かってしまっていたのだ。禁止エリアに自ら飛び込むのは自殺行為そのもの。
その人物は急遽方向を変え、寝ているまひろがいる方向へと向かっていった。

「……!」
夜風がまひろの頬をなで、はっと目を覚ました。
まだ夜――どうやら何時間も寝たというわけではなさそうだ。あわてて起き上がり、体の汚れを手ではらいのける。
「はあ……どうして寝ちゃったんだろう」
起きてすぐ出るのはため息だけだった。できればこのままこのプログラムそのものを夢で終わらせたかったのだが、叶わぬ夢らしい。
寝起きの感覚で目がなれず、起き上がった状態でぼうっと宙を眺めた。まだ耳もなれず、体の感覚器官は一瞬の睡眠ですべて休息状態になってしまったようだった。
そのため、後ろから“それ”が近づいてきていても、気づくことはなかった。
かさ、とすぐ近くで風の悪戯とは明らかに違う音がした。先ほどからずっと近づいてきたのだが、目覚めたばかりの感覚では気づくことはできず、気づいた時にはすぐ背後まで迫っていた。
「ああああああああああああああああああああっ!」
突然声が聞こえ、びくっと肩が震え上がる。それと同時に、頭に衝撃を受け、再びまひろは地に倒れこんだ。
「はぁ、はぁ………………し、死んだ……!?」
まひろの背後に立つその人物は、暗くて目がなれないせいだろうか、倒れこんだまひろを死んだと思い込んでしまっていた。そのまま足早に、当初向かっていた方角へと走り出す。 まひろはその人物が立ち去っても意識が戻ることはなく、その場に横たわり続けていた……



残り43人





next>>