lost 23 49番目の適格者 2

気を失ったまひろは、暗闇の中に横たわっていた。
突然何者かに殴られ、その犯人を確認する間もないまま、衝撃を受けた体は急速に外界からシャットダウンされる。人間の一番大事な器官である脳から通じる脊髄の始まりのあたり、そこを殴られたため、すでに自分の意識では起き上がることができない状態。このままこの場にとどまり続ければまた新たな敵がやってくるかも知れないというのに、まひろの体はまだ動くための準備が終わらない。
無防備すぎるその状態は、まひろの生命そのものを脅かしている。この状況下では覚醒していてもいつ殺されるかわからないというのに、意識がない状態では気づかぬ間に殺され、最悪このまま二度と目覚めることなく3日間が過ぎてしまうかもしれないのだ。
だが、まひろからすればそれでも良かったかもしれない。
クラスメートに殺されて精神に大きな傷を負って死んでいくよりも、この場で静かに息を引き取ったほうが良かったと、この状況下ならそう思えるかもしれない。まひるのようにずば抜けて運動神経がいいわけでも、作戦を立てられるほどの頭脳を持った人間でもないような人間が簡単に生き残れるはずもない。無駄な抵抗をしたところで3日後には消え行く命なのだったら、クラスメートに酷い殺され方をするよりも眠っている間に安楽死という形で殺されたほうが良かっただろう。
だが、運命の操り主はそう優しくない。何を思ったか、もう一度、まひろに覚醒の機会を与えたのだ。
「ん…………………………?」
先ほどから2度目の覚醒。今度はすばやく起き上がり、まひろはあたりを見回した。
「……? どこだ、ここ」
そう、一言。
「あたし……何してたんだっけ?」
ぶつぶつと独り言を続けるまひろ。
「ん? ライト……? 外……?」
まひろは自問自答を続ける。つけたまま横に転がっていた懐中電灯を手に取り、あたりを照らす。その照らされた光景の中に比較的大きな存在を保っていたデイパックが、最初に目に入った。まひろはそれに興味を示す。
「何だ? カバン? 開けっ放しじゃねえか。馬鹿だな――……あれ? これは――“まひろ”の日記……?」
自問自答は続く。
まひろは口を大きく開けたデイパックの中をあさり、先ほど少しだけ書いた日記帳を手に取った。
「……“7月30日 私たちC組はプログラムに選ばれた。あと3日で死ぬと思うと――……”プログラム? どういうこと!?」
まひろは日記を落とした。先ほど自分で書いた文章なのに、驚愕した表情で虚空を見つめる。
「嘘……“まひろ”が出ているうちにそんなことが――……」
言い終わる前に、まひろの体はゆらりと感覚を失ったように倒れこんだ。その後、すぐにまた起き上がる。どうやら一瞬だけ平行感覚を失って倒れたらしい。
まひろはすぐにむくりと体を起こす。だが、先ほどとは違い、すばやく体制を立て直すと何事もなかったかのように、デイパックの中をあさり始める。
「………………!」
ぴくん、と一瞬動きを止め、手をデイパックの中から引き抜く。
それを高々と掲げ、明かりを当てる。夜闇の中に、煌々と光を反射させる刃が懐中電灯によって照らし出された。
「……出刃包丁……」
魚をさばくときに使用する出刃包丁、デイパックから刃物が出てきたということは、これがまひろの武器になる。まひろはそれをしばらく眺めると、包丁の周りにかぶせられていた透明カバーはずす。
そして、包丁を床に下ろすと、デイパックのチャックを閉めて立ち上がる。デイパックを担ぎ、木々折り重なる道を進んでいく。右手には、出刃包丁が力強く握られていた。
学校を出て以来、北西の方向へ進んできたまひろ。木々が突如消え、視界が開けた先には10メートルほど何もない荒地があり、その向こうには虚空が広がる崖がまひろの左右に広がっていた。
「…………………………」
まひろは無言でそれを眺める。
首は動かさず、視線だけを走らせてこの場所に誰もいないことを確認する。右から左へ、視線を動かす。もう少しで誰もいないことを認知できた。だが、思わぬところに人間は潜んでいるものだ。
「…………?」
まひろは眉間に少ししわをよせ、懐中電灯を無意識のうちに“相手”に向けた。
「っ! 誰?」
光の向こう側からまひろに対しての声が聞こえてきた。声の高さから女子だと判断する。
誰だろう。確かに聞いたことのある声なのだが、顔と一致しない。あまり親しくない人物なのだろうか。
「……誰……?」
蚊の鳴くような声でたずねるが、その静寂の中にはよく行き渡った。
「さ、桜だよ……間宮……桜」
桜、と聞いてようやく顔と声が一致した。間宮桜(女子15番)は、まひろとはあまり親しくない人物。女子なら誰でも名前で呼ぶ慣れなれしい態度をするが、裏表のない正確なので嫌われることはない。もちろんまひろのことも“まひろ”と呼んでいる。
まひろは懐中電灯を消し、桜の名を呼ぶ。
「桜………………?」
「そう、桜だよ! その声――まひろ?」
「そう。まひろ」
鸚鵡返しのように、質問に忠実に答えていくまひろ。
「何してるの? こんな何もないところで……」
「ん……? 桜こそ、何してるの?」
今度は答えを先送りにする。
「あ、あたし……? あたしは、ここで、その――……」
「自殺?」
妖艶な笑みを浮かべ、まひろが桜の答えを勝手に言う。
「ちがっ……そんなはずないでしょ!」
「じゃあ、何してるの?」
「それは……ただ、誰か来ないかな、って……」
「ふうん。じゃあ、私と一緒にいてよ」
「え…………?」
突然の誘いに、桜は少々戸惑う。
名前で呼んでいるものの、クラスではあまり仲の良い存在ではないまひろと組んで良いのだろうか。
それ以前に、今のまひろは、今まで接してきたどの感情を露にしているまひろとも符合しない、別の人物に見える。信用が、できない。
「どうする?」
まひろが問う。
「それは……あの……」
「一緒にいてくれないの?」
すっ、と1歩桜に近づく。
「でも……あたしたちそんなに仲良くないし……」
桜が答えに迷っている間に、まひろはさらに1歩、また1歩と桜に迫っていく。
「名前で呼んで、何が仲良くないの? 同じクラスメ―トなのに、私のこと信用できないの?」
どんどん桜との距離は縮まっていく。あと1メートルで、手が届く距離。
「だけど……やっぱ、一緒にいることはできないよ。あたしは探してる人がいるの。朝まではここに隠れてればいいし、夜が明けたらここを出るつもりで――……」
はっ、とわれに返ると、まひろは桜のすぐそばまでやってきていた。そして、ふと目に入ったその光景を見て、桜は愕然とした。
まひろの右手には、“何か”が握られていた。それは、月明かりに照らされて鈍い光を放ち、桜にもすぐに“それ”が何であるか理解する。
「あ……まひろ! やめっ……!」
桜がすべてを悟ったとき、もう遅かった。
まひろは桜の心臓の真上にナイフを突き立てていた。それは秒数を重ねるごとに深く、深く桜の中に進入していく。
「……“まひろ”? それ、誰のこと?」
まひろの手が桜の体の中に進入しそうなほど、ナイフは桜の中を進んでいく。もうこれ以上進めなくなるまで刃を入れると、一気に引き抜いた。同時に、桜の華奢な体を後ろの虚空へと突き飛ばす。
「――――!」
体は一瞬宙を舞い、そのまま重力に身を任せるように奈落の底へと落ちていった。
その後を追うように、まひろは崖の淵に立つ。
激しい波が岸壁にたたきつける中、不自然な水しぶきがひとつあがるのを、まひろは眺めていた。
「……誰のこと言ってるの? 私は、三浦優麻よ」
“優麻”と名乗ったまひろの体は、その眼下をしばらく眺めていた。

3歳のころ、多重人格障害を持っていたまひろ。その障害は場所を問わず発生し、幼稚園にいるときもたびたび起こった。だが、小学校に上がると同時に人格変貌は起こらなくなり、両親も、周囲も誰もが過去のこととして頭の隅に追いやっていた。
今日までは。
プログラム強制参加のショックにより、まひろの中に眠っていた3人の人格が永い眠りから目を覚ましてしまったのだ。そして、後頭部殴打の衝撃に加え、他の人格がプログラム参加への事実を知ってしまい、今、4人のまひろの中では一番ジェノサイダー的な存在を放つ“優麻”が姿を現している。
優麻は桜を突き落とした後、しばらく打ち寄せる波を眺めていたが、ふいに踵を返すと再びもと来た道をたどり始めた。
「……まひろが戦うなんて冗談じゃない。コレは“まひろ”だけの体じゃないんだから……」
そう言った優麻の目つきは、全てのものを撥ね返すような拒絶の目をしていた。



【女子15番 間宮 桜 死亡】



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