lost 24 死への滑走

「またな、加島……って言っても、もう会うこともないか」
目立海斗(男子18番)は、部屋から出て行く間際、そう一言言い放った。
その言い放った対象――それは先ほど海斗が誤って殺してしまった加島強(男子3番)だった。だが、海斗の言葉からは殺してしまったという罪悪感は感じられず、むしろ楽にしてあげたといわんばかりの言い方だ。
この異常なまでの冷酷さには、理由があった。
海斗は、強を殺してしまった瞬間から殺人者として生まれ変わったのだ。始まりは単なる偶然――だが、それが引き金となり、海斗は生き残るために全てのクラスメ―トを殺すことを決めたのだ。クラス一の不良で、女子はもちろん男子の海斗ですら恐れていた強をあっけなく殺せたことにより、海斗は自分に“殺戮者としての素質”があると思い込んでしまっている。それが自信につながり、自分は絶対に生き残れると確信しているのだ。
海斗は家を出て、しばらく歩いた。
住宅街ならどこでも物音ひとつしない時間帯が来るのだろう。だが、ここには人気というものが全く感じられず、気味が悪い。
――その時、懐中電灯の明かりの先に不自然な反射が起こった。
「……何だ?」
素直にそう思う。海斗はその場に早足で行き、何もないように見える虚空を眺める。
何もない。一見するとそう見える。本当にその場には何もないように――……だが、よく見ると、そこには透明な糸のようなものが張り巡らされていた。
「なるほど。コレに引っかかると首がぽとり、ってワケか」
海斗はにやりと笑う。そして、その表情のまま、持っていたナイフでその糸を無造作に切り裂き、紙切れとペンを取り出すと、すばやく何かを書き、それを地面に落ちた糸の上においた。
そして海斗は、住宅街の先にある小さな畑を通り抜け、学校を出発した際最初に通った林へ入った。
ここだけは明かりを使わないわけにはいかない。月明かりの届かない漆黒の闇の中では、わずか1メ―トル先すら何も見えない。
海斗はわずかな明かりを頼りに林を進んでいく。右手には、いつどこでクラスメ―トに遭遇しても応戦できるように、強から奪ったナイフが強く握られている。
最初に支給された拳銃――確認していないので名前は分からないが――は、出発した直後に林の途中で武器を確認した際に誤って2,3発撃ってしまい、さらに先ほどの強との戦いにより全て弾を使い切ってしまった。今、手元にはナイフ1本しかない。
ナイフで戦うのは、銃を持った相手だと苦戦を強いられる。だが、拳銃を握ったことのない中学生がそう簡単に使いこなせるわけがなかった。現に海斗も撃った衝撃に耐えられず、何度もしりもちをついた。
銃を持った相手が来ても、1発撃ったあと少しは隙ができるはずだ。その瞬間に仕留めれば問題ない。
海斗はナイフを握りなおし、ただただ前へ進んでいく。
足を前に踏み出す度に、枝が折れる音が聞こえる。音が聞こえると同時に反対の足が先へ先へと進んでいく。
「ひっ……!」
その枝の折れる音の中に、不自然な音が入ったのはその時だった。
すぐ近くで声がした。懐中電灯の照らした先には何もなかったはず。一体どこに隠れているのだろう。
明かりを四方八方に向け、声の主を探した。
すると、すぐ足元に誰かが横たわっている。一体誰だろう。そう思い、懐中電灯でそれを照らしつつ、髪をわしづかみにしてこちらに顔を向かせた。
「うぅ!」
髪の毛の束だけで体を吊られた痛みから、短い悲鳴が漏れる。
「お前……地 麻か……?」
地麻(女子5番)は、1年ほど前――海斗がまだ2年生だったころに転校してきた中国人の少女だ。必死に日本語を学び、必要最低限は話せるようになった彼女だが、未だにどこの地方にもないような独特のなまりのような言葉で話すことが多い。
「目立君? おろして?」
日本語での感情表現が下手な麻は、簡単な単語だけを使って海斗に降ろすよう哀願する。
「あ、ああ……悪い。俺びっくりしちゃって……」
海斗は急に、優しい口調になる。いつもの癖で、殺すことを考える前にいつもの優しい対応をとってしまったのだ。
海斗はそっと麻を降ろす。
「あ、あの、ころさないで、お願い!」
麻は地に足がついた瞬間に、海斗へさらなる哀願をしてきた。
「な、なんだよ! 殺さねえよ……」
「あ、そう……私、その……ダイトウアキョウワコクにこんな法律あるなんて知らなくてびっくりした……あの人……えと、フジミネが言ってたことも良く分からなくて……でも、これは友達を殺すための法律なんだよね?」
麻は、そう聞いてきた。どうやらプログラムのことを知らずに大東亜共和国に来たらしい。
「そうだけど、本当にプログラムのこと知らないのか? 聞いたことくらいあるだろ」
「聞いたけど、ミンナ教えてくれなかった……そのうち分かるって言って」
麻は悲しそうに言う。
大東亜共和国ではプログラムのことを話の話題にしないというのが暗黙のルールになっている。15歳以下の、対象者に選ばれる可能性がある時はもちろん、15歳を過ぎてもそのことを話題に出す者は嫌われる。そのため、麻が聞いても誰もその真実を語らなかったのだろう。
「そっか……じゃあ俺が教えてやるよ!」
海斗は突如、口調を荒げた。
「え……?」
麻が海斗に向き直った瞬間、海斗は麻の首にナイフをつきたてていた。
「――――――!」
悲鳴を上げるが、喉に刺さるナイフが邪魔をして声にならない。麻は目玉が剥き出しになりそうなほど目を見開いて、なおも猛獣のような目つきの海斗を凝視する。視線が、1ミリもずれることなくぴったりと合う。
……やがて麻は力なく倒れこみ、麻の体重を支えきれなくなった海斗はナイフごと麻を地に落とした。重力に身を任せ、麻の身体は最初に出会ったときと同じように地面へ横たわった。
「プログラム、って言うのはこういうこと。お友達を殺して、心身ともに強くなって大手を振って昨日までいた世界に帰るんだよ。分かったか? 外人」
妖艶な笑みを浮かべ、海斗はそう眼下に向けて言い放った。その顔には、哀れみの感情ひとつ見られない。
殺さない、と言った海斗だが、実は麻と話しながらも本性を開放する瞬間を狙っていたのだ。ちょうど麻がプログラムのことを聞いてきたため、身をもって教えた。冷酷で冷たい視線は、マネキンのように動かなくなった麻を見下ろしている。
ふと、海斗は腰を下ろし、麻の体を仰向けに向かせると、首に深く刺さったナイフを抜き取った。そして、穴の開いた麻の首すじから滲み出すようにあふれてくる鮮血には目もくれずに立ち上がると、何事もなかったかのように再び林の奥地へと進んでいった。



【女子5番 地 麻 死亡】



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