lost 27 痛みを忘れたココロ

「……それでは、引き続き頑張ってください」
放送終了を確認し、、根草凪(女子11番)は立ち上がった。地図をポケットにしまい、武器――首輪の起爆装置を握り締めて歩き出す。
凪は、沙智たちを探していた。
先の放送で、沙智たちはまだ死んでいないことがわかった。凪は武器さえ奪われなければ無敵の身。向井彩音(女子18番)以外凪には誰も逆らえないような、そんな武器を手にして歩いている。そのためか、武器を握り締めて歩いている歩いている凪はプログラム中とは思えないほど堂々としていた。
その凪が逆らえない唯一の人物、彩音は、凪に脱出を条件に宮原沙智、穂崎裕香、江入可の3人を殺すことを命じてきたのだ。
当然のように中学以前からの付き合いである3人を殺すことなど出来るはずもなく、とりあえずは彩音の話に乗ったものの、凪はどうして良いかわからずにいる。
3人を殺せば無事に帰れる、あの安全な世界へ――だが、3人を殺した罪を背負って生きていくのは荷が重過ぎる。自分の犯した罪の重さに耐え切れず、自ら命を絶つかもしれない。
だが、沙智たちを守り、彩音に逆らえば凪が殺されてしまう。彼女の首輪はすでに機能を失っており、さらに支給武器がマシンガンとなれば凪の武器を持っても叶う相手ではない。
……誰かしらの犠牲を出さずに、この問題を解決する術は残されていない。自分と親友、目の前に2つの選択肢を置かれたら誰でも自分の命を優先的にとると胸を張って言うに違いない。だが、いざその状況に置かれてみると“迷う”という表現では片付けられないほど複雑な感情が体の中に入り混じる。自分の中に傷を残して親友を殺すか、友の中に傷を残して自分1人の犠牲で全てを終わらせるか、どちらにせよ誰かが悲しむ結末が決まっている。どうにかして誰も苦しまない終結を望むが、彩音の残酷さはそれを許さない。
結局凪は自分の命を繋ぎ止める時間稼ぎとして出会ったクラスメ―ト全てを殺して今に至る。当然、先ほどの放送には凪の殺したクラスメ―トの名も入っていた。
殺したクラスメ―トは彩音に渡された無線機を使って報告しろと言われている。誰も殺さずにいると怪しまれるため、クラスでも特に仲良くしていない人物は徹底的に殺してどうにか彩音に疑われずに今までやってきたのだ。運良く誰からも襲われていない凪は負傷することもなく無事に朝を迎え、沙智たちを探しに一夜を明かした場所出発する。
凪は結局、誰かの犠牲を得て命を繋ぎ止めていた。そしてこれからも、同じように誰かの犠牲によって生き延びるしかないのだろう。卑怯な人間だ、そう思った。
……しばらく思考の海にただよっていた凪は、ふと足を止めた。
「誰……?」
空気に溶けてしまいそうなほど小さな声でつぶやいた。その視線の先には草木が数本、風もないところで揺れている。誰かがいることは間違いなかった。
自然と起爆装置を握る手に力が入る。
「誰!? 出てきなさい!」
声を、空気を張り詰めて凪は言う。胸の前に手を差し伸べ、その先端には起爆装置が握られていた。
見えないクラスメ―トを相手に、双方の時が止まったかのように1歩も動かない。緊張の中、お互いが相手の動きを探るように五感を張り詰める。
凪はいつ相手が出てきてもいいように視線の先と指先に全身系を集中させる。出来る限り自分からは動きたくない。相手が出てきてくれればそれにこしたことはない。
……張り詰められた糸が先に切れたのは相手のほうだった。
朝日に照らされているため明かりを使わなくても簡単に相手を特定できる。その男、斉橋新治(男子5番)は、凪の前に姿を現すと、一言つぶやいた。
「女子か……」
林内の雑音にかき消されてしまいそうな小さな声、だが、凪は聞き逃さなかった。
新冶は凪が女子だからと油断しているのだ。その本音を聞いた凪は、にやりと口元をゆがめた。相手が油断しているのなら、隙を見て首輪を起爆させ、相手が動揺している間に逃げてしまえば良い。
凪は、新冶が隙を見せる瞬間をうかがっていた。新冶の体をなぞるように視線を走らせ、新冶の視線が凪の指先から離れる瞬間を待っていた。
……だが、凪の計画は思わぬところで崩れ去る。
「それが何か知らないけど、俺の敵じゃねえな……」
「は?」
突然の発言に、凪は思わず聞き返す。
学校生活を見る限りでは運動や喧嘩が得意とは思えない新冶。だが、このプログラム下――さらに出会った相手が女子だったことにより、凪には理解できない自信が生まれたようだ。
「だから、俺の敵じゃねえって。このイミ、分かるだろ?」
人を殺したことはないはずなのに、何人も殺して来たような口調で言った。凪の目に視点を合わせ、新冶はにやりと笑う。凪は目に映る風景を全て消去し、新冶だけに集中して、隙をうかがっている。首輪を起爆させてから爆破に至るまでには時間がかかる。万が一押した瞬間に襲われ、起爆装置を奪われてしまえば首輪が爆発する前に相手が凪の首輪を起爆させることも不可能ではない。そのため、相手の首輪を起爆したらすぐに逃げられるくらいの距離、準備姿勢をとっておかないといけないのだ。
だが、凪の内心とは裏腹に新冶はどんどん凪へと近づいてくる。このままではボタンを押すことが出来ない。これだけの自信があるのだから、武器も当たりを引いたのだろう。そう考えると、もっと距離をとらないと反撃にあう可能性が高い。
凪の思惑はどんどん崩れ去る。新しく立て直そうとしても、新冶の行動はそれら全てを崩して凪の命をつかもうとする。
「何よ……! 来ないでよ……!」
弱気な発言。その発言を受け、新冶は突如走り出した。
凪が反射的にボタンを押した時、すでに新冶は凪の目の前まで迫っていた。



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